ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました
第九話・ストーカー社員
「あ、田村さん、お疲れ様です」
ショッピングモールの従業員通路をゴミ置き場へ向かって歩いていると、不意に真後ろから声を掛けられる。穂香はその声に驚いて、ビクッと小さく飛び上がった。薄暗い通路にストックが入った箱が所狭しと積み上げられているから、死角だらけでどこに人が潜んでいるかも分かりにくい。横を通り過ぎたことすら気付いていなかった。
「お、お疲れ様です……」
廃棄用の段ボール箱を抱えている穂香のことを、ニコニコと作り笑顔を浮かべながら見ていたのは、グレーのスーツを着た背の低い痩せた男。確か、年齢は32歳だと言っていた記憶があるが、ぱっと見はもう少し老け込んでいる。モールの直営エリアの紳士服売り場でチーフとして勤務する金子だ。
喫煙ブースから出て来たばかりらしく、彼が近付いてくると煙草の嫌な臭いが漂ってくる。そんな穂香の表情が少し歪んだのには全く気付いていないようだった。
「一人でその量は大変そうですよね。手伝いましょうか?」
「い、いいえ、大丈夫です。ありがとうございます」
穂香の傍へ寄って来て、抱えていた段ボール箱へと手を伸ばしてくる。それを首を横に振って断ると、「失礼します」と慌てて逃げるようにその場から立ち去った。
以前に他のテナントを交えた飲み会をした際、たまたま同じ居酒屋でモールの従業員も飲んでいたらしく、同じ館で働く者同士ということもあって途中から合流したことがある。こちらはレディース商品を扱う店がほとんどで参加者全員が女性だったし、向こうは紳士売り場の男性社員ばかりだったから、必然的に合コン的な飲みの場となってしまった。
金子と顔を合わせたのはその時が初めてだったと思う。ノリが良すぎる他の若手社員達に無理矢理連れて来られたという感じで、テーブルの端でニコニコしながら静かに飲んでいた印象しかない。
「よーし、今日は朝まで飲むぞー」
「いえーい!」
「なんと、俺は明日は休みです!」
「おー、って全員そうだろうがっ」
「あ、そうだった。そうだった」
翌日がモールの定休日だったこともあり、その場にいた全員が休日前で浮かれ過ぎていたのか、酔っ払って徐々に悪ノリし始めていった。いい大人がまるで学生のサークルの飲み会のような雰囲気になっていく。
そんな中でも、ずっとウーロン茶しか飲んでなかった金子。彼一人だけが平静だったから、穂香は席を移動してその大人しい男を話し相手にすることでそのカオスな場を逃げ切ることにしたのだ。
そう、別に彼が気に入ったとかではなく、あの時は彼がシラフだったから相手に選んだだけだ。アルコールの勢いだけで騒ぐのはあまり好きじゃなかったから。かと言って、先に帰ると言って場を白けさせるのも悪いと思った。だから、この場で唯一酔っ払っていない男の隣へと席を移動しただけだ。そこだけがあの時の安寧の地だったから。
きっと、それが悪かったんだと今なら分かる。相手を勘違いさせる気なんて微塵も無かった。コンパ的な場でわざわざ席を移動して隣に来ただけで好意があると思われるなんて、想像もしなかった。見るからに女性への免疫が低そうだとは思っていたが、まさかここまで思い込みが激しいとは予測できなかったのだ。
ショッピングモールの従業員通路をゴミ置き場へ向かって歩いていると、不意に真後ろから声を掛けられる。穂香はその声に驚いて、ビクッと小さく飛び上がった。薄暗い通路にストックが入った箱が所狭しと積み上げられているから、死角だらけでどこに人が潜んでいるかも分かりにくい。横を通り過ぎたことすら気付いていなかった。
「お、お疲れ様です……」
廃棄用の段ボール箱を抱えている穂香のことを、ニコニコと作り笑顔を浮かべながら見ていたのは、グレーのスーツを着た背の低い痩せた男。確か、年齢は32歳だと言っていた記憶があるが、ぱっと見はもう少し老け込んでいる。モールの直営エリアの紳士服売り場でチーフとして勤務する金子だ。
喫煙ブースから出て来たばかりらしく、彼が近付いてくると煙草の嫌な臭いが漂ってくる。そんな穂香の表情が少し歪んだのには全く気付いていないようだった。
「一人でその量は大変そうですよね。手伝いましょうか?」
「い、いいえ、大丈夫です。ありがとうございます」
穂香の傍へ寄って来て、抱えていた段ボール箱へと手を伸ばしてくる。それを首を横に振って断ると、「失礼します」と慌てて逃げるようにその場から立ち去った。
以前に他のテナントを交えた飲み会をした際、たまたま同じ居酒屋でモールの従業員も飲んでいたらしく、同じ館で働く者同士ということもあって途中から合流したことがある。こちらはレディース商品を扱う店がほとんどで参加者全員が女性だったし、向こうは紳士売り場の男性社員ばかりだったから、必然的に合コン的な飲みの場となってしまった。
金子と顔を合わせたのはその時が初めてだったと思う。ノリが良すぎる他の若手社員達に無理矢理連れて来られたという感じで、テーブルの端でニコニコしながら静かに飲んでいた印象しかない。
「よーし、今日は朝まで飲むぞー」
「いえーい!」
「なんと、俺は明日は休みです!」
「おー、って全員そうだろうがっ」
「あ、そうだった。そうだった」
翌日がモールの定休日だったこともあり、その場にいた全員が休日前で浮かれ過ぎていたのか、酔っ払って徐々に悪ノリし始めていった。いい大人がまるで学生のサークルの飲み会のような雰囲気になっていく。
そんな中でも、ずっとウーロン茶しか飲んでなかった金子。彼一人だけが平静だったから、穂香は席を移動してその大人しい男を話し相手にすることでそのカオスな場を逃げ切ることにしたのだ。
そう、別に彼が気に入ったとかではなく、あの時は彼がシラフだったから相手に選んだだけだ。アルコールの勢いだけで騒ぐのはあまり好きじゃなかったから。かと言って、先に帰ると言って場を白けさせるのも悪いと思った。だから、この場で唯一酔っ払っていない男の隣へと席を移動しただけだ。そこだけがあの時の安寧の地だったから。
きっと、それが悪かったんだと今なら分かる。相手を勘違いさせる気なんて微塵も無かった。コンパ的な場でわざわざ席を移動して隣に来ただけで好意があると思われるなんて、想像もしなかった。見るからに女性への免疫が低そうだとは思っていたが、まさかここまで思い込みが激しいとは予測できなかったのだ。