ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました
ゴミ置き場から戻ってショップの締め作業を終えた後、帰り支度をしながらスマホをバッグから取り出し、穂香はそのホーム画面に表示された履歴に寒気を感じる。
メッセージの着信数の半分以上が金子からの物で、『今日は何時上りですか?』『次のお休みはいつですか?』『今度また、みんなで飲みに行きませんか? いつがいいですか?』穂香の都合を一方的に確認するメッセージが連続して表示されていく。
「うわっ……」
思わず声を漏らした穂香に、弥生が「どうしたの?」と手に持っていたスマホを覗き込んでくる。そして、穂香以上に顔を引きつらせていた。
「きっつ。金子さんってあれでしょ、紳士服飾の何かやたら暗そうな人」
「穂香さんって、誰にでも優しくするから……」
詩織も一緒に覗いてきて、ふるふると拒絶するように首を横に振る。同じモール内で勤務しているから、失礼な断り方もできない面倒な相手だ。
この後に事務所へ寄って行く穂香へは「ま、頑張ってね」と言い残し、二人は先に帰って行った。残された穂香は一人で、清算が終わったレシート類をモールの事務所へ提出しに向かう。
従業員通用口での警備員のチェックを通過すると、ようやく仕事が終わったという解放感に包まれた。でも、ほっとしたのも束の間、目の前の外灯の下にまた背の低い人影を見つけて、穂香はギョッとした。
「お疲れ様です!」
通用口の扉から出て来たのが穂香だと分かると、その人影はこちらへと声を掛けながら近付いてくる。届いていたメッセージには何も返信はしていないはずなので、なぜ待ち伏せされているんだろうか……。
弥生達はとっくに駅に着いて電車に乗っているはずで、急いで走っても合流はできない。こういう場合、何て断るのが正解なのかと頭の中でぐるぐると思考する。不意打ち過ぎて、露骨に狼狽えてしまったかもしれない。
「良かった。同じ店の子達が先に帰って行ったから、今日は早上がりなのかと思ったよ」
「あ、いえ……」
「メッセージ見てくれてる? かなり送ったんだけど」
「……はぁ」
金子が近付いてくると、やっぱり煙草の嫌な臭いが漂ってくる。待っている間にもまた喫煙していたのだろう、吐く息もかなり煙臭い。こんなに煙草臭くて、客からクレームは来ないんだろうかと心配になってくるレベルだ。最近の消臭剤はよっぽど性能が良いらしい。
「ね、今日って何か用事ある?」
さらに詰め寄って来る金子に、穂香は無意識に一歩退いてしまう。身体中が彼のことを拒絶しているらしく、怯えから指先が震え始める。そんな穂香の様子には気付いていないらしく、金子は一方的に喋り続けてくる。
と、困惑している穂香の肩を、背後から誰かがポンと叩いてきた。
「うちのスタッフが、どうかしましたか?」
振り返って見ると、川岸が怪訝な表情で金子のことを凝視していた。肩に触れている手から伝わってくる穂香の怯えに気付いたらしく、牽制するように問いかける。
長身のオーナーから見下ろされ、金子は俯きがちに「いえ、あの……」とオドオドと言葉を濁している。
「ほら、帰るぞ」
「……オーナー、今日は店には来られてませんでしたよね?」
「ああ、打ち合わせで事務所には来てた」
「そうなんですね」と返しながら、穂香は川岸と並んで駅への道を歩き始める。後ろでは気まずい表情の金子が、ポケットから煙草のケースを取り出しているのが見えた。噂には聞いていたイケメンオーナーを目にしては、諦めるしかないと悟ったのだろうか。
メッセージの着信数の半分以上が金子からの物で、『今日は何時上りですか?』『次のお休みはいつですか?』『今度また、みんなで飲みに行きませんか? いつがいいですか?』穂香の都合を一方的に確認するメッセージが連続して表示されていく。
「うわっ……」
思わず声を漏らした穂香に、弥生が「どうしたの?」と手に持っていたスマホを覗き込んでくる。そして、穂香以上に顔を引きつらせていた。
「きっつ。金子さんってあれでしょ、紳士服飾の何かやたら暗そうな人」
「穂香さんって、誰にでも優しくするから……」
詩織も一緒に覗いてきて、ふるふると拒絶するように首を横に振る。同じモール内で勤務しているから、失礼な断り方もできない面倒な相手だ。
この後に事務所へ寄って行く穂香へは「ま、頑張ってね」と言い残し、二人は先に帰って行った。残された穂香は一人で、清算が終わったレシート類をモールの事務所へ提出しに向かう。
従業員通用口での警備員のチェックを通過すると、ようやく仕事が終わったという解放感に包まれた。でも、ほっとしたのも束の間、目の前の外灯の下にまた背の低い人影を見つけて、穂香はギョッとした。
「お疲れ様です!」
通用口の扉から出て来たのが穂香だと分かると、その人影はこちらへと声を掛けながら近付いてくる。届いていたメッセージには何も返信はしていないはずなので、なぜ待ち伏せされているんだろうか……。
弥生達はとっくに駅に着いて電車に乗っているはずで、急いで走っても合流はできない。こういう場合、何て断るのが正解なのかと頭の中でぐるぐると思考する。不意打ち過ぎて、露骨に狼狽えてしまったかもしれない。
「良かった。同じ店の子達が先に帰って行ったから、今日は早上がりなのかと思ったよ」
「あ、いえ……」
「メッセージ見てくれてる? かなり送ったんだけど」
「……はぁ」
金子が近付いてくると、やっぱり煙草の嫌な臭いが漂ってくる。待っている間にもまた喫煙していたのだろう、吐く息もかなり煙臭い。こんなに煙草臭くて、客からクレームは来ないんだろうかと心配になってくるレベルだ。最近の消臭剤はよっぽど性能が良いらしい。
「ね、今日って何か用事ある?」
さらに詰め寄って来る金子に、穂香は無意識に一歩退いてしまう。身体中が彼のことを拒絶しているらしく、怯えから指先が震え始める。そんな穂香の様子には気付いていないらしく、金子は一方的に喋り続けてくる。
と、困惑している穂香の肩を、背後から誰かがポンと叩いてきた。
「うちのスタッフが、どうかしましたか?」
振り返って見ると、川岸が怪訝な表情で金子のことを凝視していた。肩に触れている手から伝わってくる穂香の怯えに気付いたらしく、牽制するように問いかける。
長身のオーナーから見下ろされ、金子は俯きがちに「いえ、あの……」とオドオドと言葉を濁している。
「ほら、帰るぞ」
「……オーナー、今日は店には来られてませんでしたよね?」
「ああ、打ち合わせで事務所には来てた」
「そうなんですね」と返しながら、穂香は川岸と並んで駅への道を歩き始める。後ろでは気まずい表情の金子が、ポケットから煙草のケースを取り出しているのが見えた。噂には聞いていたイケメンオーナーを目にしては、諦めるしかないと悟ったのだろうか。