ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました

第十話・休日の朝

 休日の朝、川岸のことを玄関前で見送った後、穂香は洗濯物をバルコニーへ干していく。奥行きのあるバルコニーは、夏場にビニールプールを出して子供を遊ばせることができそうなほど、広々としている。室外機を避けながら洗濯物を干さないといけなかった以前の賃貸物件のベランダとは比べ物にならない。

 川岸が置いていたバルコニー用のサンダルを履いて、洗い立ての衣類を物干しへと掛けていく。男物のサンダルは大きくてブカブカで、油断するとすぐに脱げそうになる。日用品の大半が100均で揃えていた穂香とは違って、それだけでもSNS映えしそうなステンレス製の洗濯バサミ。こういうお洒落な雑貨類をこの家では頻繁に見かける。

「元カノの趣味だって言ってたっけ……」

 輸入雑貨が好きだったらしい、川岸の元婚約者。キッチン用品一つにしても、デザインにこだわった物が多い。ワッフルメーカーやホームベーカリーなどもあったが、一人暮らしになった川岸には一生使うことがなさそうだ。置いていかれた物で元カノのことをとても女子力の高い女性だったんじゃないかと勝手に想像してしまう。朝から自家製スムージーを飲むような。オーナーはそういうタイプが好きなんだろうか?

 洗い物を干し終えると、リビングから順に掃除機をかけていく。ソファー周りを掃除している時に、穂香は掃除機の先に何かがコツンと当たったのに気付いた。掃除機では吸い取れないサイズの物に触れた感触。電源を切って、身体を低くしてソファーの下に腕を伸ばして探る。

「あ、なんだ……」

 ソファーの下に落ちていたのはボールペン。赤、青、緑、黒の四色で書けるタイプだ。リビングで書類を書いている際にでも落としてしまって、行方不明にでもなっていたのだろう。帰宅後に川岸にもすぐ分かるよう、ソファーテーブルの上にそれを置いておいた。

 そして、また掃除機の電源を入れて、念入りに部屋中の埃を吸い取って回る。余計な物の少ないすっきりとしたインテリアは、掃除するのにはとても効率的だ。掃除機の先端が入りきらない高さのテレビ台の下は、腰をかがめてフロアモップで拭っていく。すると、埃と一緒に台の下から出てきた物に、穂香は思わず噴き出した。

「ふっ、家の中でどれだけ無くしてるの……」

 先ほど見つけたのとはまた別のボールペン。今度は黒の単色の物だ。これには穂香も見覚えがあった。川岸がいつもジャケットの胸ポケットに挿していて、そう言えば最近は別の物に変わってるなと密かに思っていたところだった。これらのボールペンは自宅に仕事を持ち帰った後、何かの拍子に落として見失ってしまったのだろう。見つけたばかりの二本は、揃えるようにテーブルの上に並べておく。
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