ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました
 昼の休憩時間になり、穂香はショッピングモール内にある社員食堂で肉うどんを啜っていた。麺類だけでは閉店までお腹がもたないと、ミニ親子丼のセットだ。付け合わせの野沢菜漬けをポリポリと噛みしめながら、バッグからスマホを取り出す。午前中だけでも数件のメッセージの受信があったらしく、アプリを立ち上げて確認していく。

 受け取ったメッセージの中に川岸からのものは無い。彼は文字やスタンプでやりとりするよりは直接電話してくるタイプだ。案の定、着信の方に1件だけ履歴が残されていて、伝言メモを聞いてみる。

『終わる時間に迎えに行くから、駅前で待ってて』

 あまりにも用件だけの簡素なメッセージに、穂香は噴き出しそうになる。多分、彼は言葉で表すのが得意ではないのだろう。昨晩も今朝も、あんなに甘い手つきで触れてくるのに、口数はそんなに多くは無かった。きっと、そのことを知らなかったから、以前の穂香は彼のことを怖いと感じてしまっていただけだ。

 他のスタッフとは駅前で別れた後、穂香はロータリーから少し離れた場所に停車している車を目指して歩いていく。シルバーのカローラの運転席に川岸の姿を見つけると、気持ちばかり歩を速めた。スマホに目を落としていた彼が、近付いてくる足音に気付いたのか顔を上げた後、少し怪訝な表情へと変わったのが見えた。
 どうしたんだろう、と穂香が首を傾げた時、背後から誰かの手で肩をガシッと掴まれる。

「穂香っ」

 名前を呼ばれて驚いて振り返った穂香は、自分の肩に手を掛けている人物に、ハッと目を剥く。

「……栄悟」
「おう、久しぶり。元気にしてたか?」
「久しぶりじゃないわよっ、勝手に部屋の物全部持ち出して! 出てくなら、自分の物だけにしてっ!」
「あ、それはごめん……どうしても急ぎで金作る必要があってさ。でも、一緒に使ってた物とかは、俺にも権利あった訳だし」

 自分がしでかしたことに全く反省していない口ぶりで、かつての同棲相手だった木築栄悟が適当な言い訳をしてくる。
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