ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました
 平日の早番が終わる時刻は、まだ駅前を歩く人も多くて賑やかだ。すれ違う人は皆、目的地があって歩いている。立ち寄る店や帰る家、それらに向かって進んで行く人達を横目に、穂香は駅前ロータリーのベンチでスマホの画面を見つめていた。

 昨晩は急だったから仕方ないにしても、毎日ホテルを利用する訳にもいかない。連泊すれば諭吉が飛んでいくのだ。仕事柄、着る物についお金を掛けてしまう上に、何だかんだとずっと二人分の家賃光熱費を負担していたから、正直言ってあまり余裕がない。かと言って、急に泊めてくれるような知り合いも近くにはいないし、自宅へ帰るのも怖い。

 朝までの時間を潰すだけならカラオケかファミレスか。でも、翌日の仕事のことを考えるとシャワーも浴びたいけれど、近くにスーパー銭湯なんて見当たらない。せめて昨日のホテルよりも安いところは無いかと近辺の宿泊施設を検索してみる。
 と、検索サイトの画面下に表示されたバナー広告に目が留まった。9時間パック1500円の文字に、穂香は顔を上げた。すぐ目の前のビルに、まさにその広告の系列店がデカデカと看板を掲げているのだ。

「……ネカフェ、か」

 大学の時に友達と一度行ったきりだ。個室で二人並んでコミックを読みまくった記憶しかない。でも、今から翌朝まで過ごしてもビジネスホテルよりは随分と安く済むはずだ。穂香はベンチの前に立てていたスーツケースへと手を掛ける。

 緊張しながらネットカフェの自動ドアを潜り抜けると、フロントには学生バイトらしき若い男の子が待ち構えていた。会員登録の為の手続きを済ませ、案内されたブースは穂香の身長と同じくらいの高さのパーテーションで仕切られていた。個室の中には大き目のリクライニングシートとデスクトップPCが一台。入り口扉は透明のアクリル板で、閉めていても通路からは丸見えだったが、貸し出しされているブランケットを掛けて目隠しするのはOKみたいだ。

「すみません、後でシャワールームを使いたいんですが――」
「では、シャワーセットをお持ちしますね」

 入店の際にシャワーは使用料が無料と聞いたので、早速お願いしてみる。きっとここもリンスインシャンプーしか無いだろうと、来る前に駅前のドラッグストアでトラベルサイズのシャンプーセットを購入してきていた。一分でも早く、このギシギシする髪を何とかしたい。

 シャワーを浴び終え、備え付けの風力の弱いドライヤーでどうにか髪を整えた後、穂香は自分のブースへと戻る。途中、ドリンクバーで飲み物を確保して、コンビニで買って持ち込んだお弁当で少し遅めの夕食にする。ホテルに比べるとかなり狭いのは当然だし、パーテーションを一枚挟んだ向こうには他の客の気配を感じる。正直言って落ち着かない。けど、安さには抗えない。

 ――部屋の鍵を替えていいか、不動産屋さんに確認しないと……。

 栄悟が持ったままの合鍵の行方が分からないとなると、鍵の交換しか解決策が思いつかない。
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