ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました
 穂香達が閉店後の締め作業と商品整理を分担して行っている横で、川岸隼人は持ち込んだノートPCで各店舗の販売実績を確認している。
 結局、閉店までオーナーの目にビクビクと怯え続け、気の休まらない一日だった。明日が定休日じゃなければ、ストレスで発狂しているところだ。

「ねえ、この後みんなで飲みに行かない? オーナーも行きましょうよ。バイヤー修行中の話とか聞かせてください」

 揃って従業員用出入口を出たタイミングで、弥生が突然言い出した。今日のシフトは穂香達の他にフリーターの大庭詩織もいる。平日だから三人勤務だったが、店長ともう一人のスタッフの合わせて五人が『セラーデ』専属で、シフト調整の為に店舗を掛け持ちする契約スタッフがいることがある。

「あ、彼が迎えに来てくれてるんで、私はパスで」
「えー、そうなのぉ?」

 詩織が車道脇でハザードランプを点滅させているプリウスを指差して言うと、弥生が残念そうな声を出す。

「すみません、また今度誘ってください。じゃ、お疲れ様です」

 来春には入籍予定だという婚約者の車に向かって駆け寄って行く後ろ姿に各々が「お疲れ様」と声を投げ掛ける。休前日というのはプライベートの充実度が顕著に現れてしまう残酷な日だ。

「穂香は行けるよね? どうせこの後はネカフェ難民でしょ?」
「……ネカフェ難民って言わないで下さい。先に荷物取りに行っていいですか? 駅のロッカーに預けてるんで」
「オーナーはどうですか? 何か用事あったりとか?」
「いや、別に無いけど……って、田村さんがネカフェ難民ってどういうことだ?」

 じゃあ、駅の方に向かいましょうと歩き出した先輩の後ろを、穂香は慌てて追いかける。弥生がぽろっと漏らした不穏なワードに、川岸は怪訝な顔をしている。

「で、さっきの話だけど、ネットカフェで寝泊まりしているのか?」

 駅前すぐにある居酒屋のチェーン店で、川岸は席に着いて開口一番に穂香を問いただしてくる。「とりあえず生中を3つで」と弥生が勝手にオーダーし始める隣で、穂香は椅子の脇にスーツケースを立て掛けつつ苦笑いする。

「君は確か、割と近くに部屋借りてたって記憶あるんだけど?」
「はい。今も借りてます。でもちょっと事情があって帰れなくなったっていうか……」

 上司相手にプライベートなことをどこまでを話すべきか。適当な言い訳が無いかと頭の中でグルグルと思考する。が、早速運ばれて来た生中を一気に半分まで飲み干した弥生が、隣から余計な口を挟んでくる。酒好きなのにアルコールには強くない、一番タチの悪いタイプだ。
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