ボンクラ婚約者の愛人でぶりっ子な悪役令嬢が雇った殺し屋に、何故か溺愛されていました
17. 初めて会ったあの夜から
「二人とも、明日はどんな顔で私に会うつもりかしら?」
ドロシー嬢は私がまだピンピンしていることに驚くでしょうし、ジョシュア様はプライドを傷つけられて苛立っているでしょう。
婚約者の愛人に殺されかけている自分が、なんだかとても滑稽に思えてきました。
「私は……何のために今まで我慢してきたのかしら?」
――キイッ……
そう独りごちた時、テラスの窓が軽く軋んで開く音がしたのです。
「また貴方なの? 今日はお会いするのは二度目よ」
「……手、見せてみろよ」
「手? あっ……! ちょっと!」
銀髪の彼にグイッと手を引っ張られて思い出したのは、馬車から降りる時に力任せに握られて痛めた手。
「色が変わってるぞ。痛むだろ?」
「この程度、痛くなんかないわ。貴方が触るまで忘れていたくらいよ」
「これでも塗っておけ。明日もちゃんと塗れよ」
軟膏壺の中身を私の手に塗り込んで、それを傍のテーブルの上に置きました。
「見てたの?」
「それが仕事だからな。」
「じゃあ、あのボンクラが物凄い顔をしていたのも見てたのね?」
あの時のジョシュア様を思い出すとまた可笑しくなって、ふふふと笑いながら言った私でしたのに、彼の方はというと思いのほか真剣な眼差しでこちらを見るのです。
紅い瞳が私の心を鋭く貫くような思いがしました。
「俺がアイツを消してやろうか? お前、気づいたんだろ? アイツのために色々してやったって、アイツは何とも思っちゃいない」
何とも思ってない。
そう、私を殺すことをドロシー嬢から聞いた時も、自分の保身ばかりで少しも私のことなんか考えてもなかったわね。
そればかりか、すぐにドロシー嬢を妻にする話をしていたわ。
「そんな事、重々分かってるわ。一体私は……今まで何のために頑張ってきたのかしらね。家族の為と思って自分に言い聞かせて、本当は自分の矜持を守るためだったのかも知れない」
ボンヤリと目の前の銀と紅が滲むのを感じました。
そして瞳に分厚い涙の膜が張っていくのをじわじわと感じます。
「私のことを殺しても、何とも思わないのはドロシー嬢だけではなかったのよ」
表面張力で支えきれなくなった雫が、まつ毛から頬へポトリと落ちたのを感じました。
「婚約者と愛人に殺されるほどのことを、これまで私はしたというのかしら?」
一粒落ちれば、どんどんとそれに続いて温かみすら感じる雫が頬を流れるのです。
「何がいけなかったというの……」
返事を求める訳でもなく思うがままに言葉を紡ぐ私を、彼はその宝石眼でじっと見つめた後に、震える私の身体を抱きすくめたのです。
「アンタは何も悪くない」
思ったよりも熱い彼の身体に包まれて、耳元に吐息を感じるほど近い場所にいることを伝える、甘く澄んだ声。冷えた私の身体にその声は、しっとりと沁み渡るような気がしました。
「私、貴方のことが好きよ。多分……初めて貴方に会った夜から」