ボンクラ婚約者の愛人でぶりっ子な悪役令嬢が雇った殺し屋に、何故か溺愛されていました
27. 夢のような話かも知れないけれど
それからというもの……簡素だけれど木の香りが爽やかなその小屋で、食事や不浄事にもルーファスに手伝ってもらいながらという恥ずかしい日々を過ごしていました。
「私、またきちんと歩けるようになるのかしら? ずっとこのままなんてこと……ないわよね?」
好いた男性に何から何まで手伝ってもらうなんていう日々を早く脱却したいと思って、思わず尋ねてしまいました。
「暫くは無理できないが、安静にしたのちは歩く稽古をするように医者から言われてる。まあ、不自由があれば俺が食う事から何からずっと面倒見てやるよ」
ルーファスは冗談めいた言葉を簡単に紡ぐけれど、私は少しだけ不安でもあったのです。
足の不自由な私はこれから帰って侯爵令嬢としての責務を果たす事ができるのかと思う不安が一つ。
そして、どうせ侯爵令嬢として役に立たないのであれば……もしかしたらルーファスと生きる道もあるのではないかと思う期待の混じった気持ちがせめぎ合い、複雑な思いでした。
「ねえ、ルーファス。私は貴方に気持ちを伝えたけれど、貴方からは何もきちんとしたことを聞いていないわよね?」
不安な気持ちがどんどん膨らんで、せめてきちんとしたルーファスの気持ちを知りたくて堪らなくなったのです。
決して嫌われてはないのだろうと思っていても、何故か聞くことが怖かったそのことについて、とうとう尋ねてしまいました。
「そうだっけ? 俺はとっくにアンタに伝えたつもりだったけど。大体、アンタのこと好いてなけりゃこんな危ない橋渡らないだろ」
私にしてみればかなり勇気を振り絞って尋ねたのに、ルーファスからは飄々とした答えが返ってきたので、何だかドッと力が抜けてしまったのです。
「貴方はいつも冗談めいたことしか言わないから、本当の気持ちが分かりにくいのよ」
「そうか? 結構ストレートに言ってるつもりだったけど。悪かったな。もしかしてずっと不安だったとか?」
意地悪めいた顔をしたルーファス。それでも整った顔立ちは変わらず、逆になおも彼の魅力を引き立てていることが無性に腹が立つわ。
「不安に決まってるじゃない。元通りに歩けるようになるか分からない、これから先に貴方とどうなるかも分からないんだもの」
鼻の奥がツンとして、我慢できずに膨らんだ涙の玉が、伏せたまつ毛にぷつんと触れました。
胸が痛くて……苦しいのです。
「おいおい、悪かったって。泣くなよ」
「……悪いと思っているなら私を抱きしめて」
寝台の上でクッションを背もたれに、座ったままの私は両手を左右に大きく広げてみます。
するとルーファスは迷うことなく寝台の脇から身を乗り出して、ギュッと抱きしめてくれました。
触れた彼の身体は熱くて、ずっと動けないでいたせいで体温が低くなってしまった私には、とても心地良く感じたのです。
「ねえ、私が侯爵家に戻らなければ……ずっと一緒にいてくれるの? もし私が貴族の暮らしを捨てて貴方と二人で暮らしていくことを望んだら?」
「……アンタが望むならそれでもいいけど。そうなると俺は職を失って、一からやり直しだな。アンタの暮らしぶりからすると随分質素な暮らしになるぞ」
ルーファスが私の願いをさらりと肯定してくれたことを、とても嬉しく思いました。
「まず、アンタの家族がすんなりと許してくれるとは思えない。とりあえずあの父親と兄貴には、文字通り殺されかけるだろうな」
「ふふっ……貴方は手練れの殺し屋なんだから大丈夫でしょう」
私たちがしているのは、目が覚めたら忘れてしまう夢のような話かも知れない。
それでもしばらくは侯爵令嬢という立場を忘れて、ルーファスとただのエレノアとしての日々を過ごそうと思ったのです。