ボンクラ婚約者の愛人でぶりっ子な悪役令嬢が雇った殺し屋に、何故か溺愛されていました
28. 家族とジョシュア様の今が気になるの
森の中の簡素な小屋で過ごし始めてひと月。
そもそも、ここが森の中と知ったのも最近なのです。
ここに来てすぐから私の右足は石膏で固められ、自由に動かすことも歩くこともできませんでした。
今でも石膏で固めたままではありますが、杖をつきながら少しだけ荷重をかける稽古をしています。
「今日の獲物は何かしら?」
ルーファスは毎日何処かへ出掛けて行って、夜には動物を仕留めて帰ってくるのです。
時々街にも出ているのか、私の使う日用品や衣服なども持ち帰ります。
彼は私の使う化粧品やお忍び衣装などを邸内に侵入して取ってきているようで、見覚えのあるものも多いのですが……。
「ルーファスは狩人にでもなってはどうかしら。殺し屋として腕が立つのだから、狩人にもなれそうな気がするけれど。そうしたら、私は狩りから帰るルーファスを小屋で出迎える準備をして、料理などをするのよ。それで、帰ったルーファスと食卓を囲むの」
ここのところ一人の時にお花畑にいるかのような呑気な妄想しては、ついつい口元を緩めてしまうことが多くありました。
たった一人でニヤニヤ笑う姿は、いささか滑稽だと思いますけれど。
この小屋に住み始めてからというもの、今まで侍女がいて当たり前だった暮らしから、なんでも自分でしなければならなくなったのです。
髪は自分で編めるようになったし、着替えもルーファスが持ち帰ってきたお忍び用のワンピース程度ならば自分で着られるようになったのですよ。
私にしてみれば、見る世界がガラリと変わったようなものです。
「おい、何ニヤニヤしてんだ?」
「あ……ルーファス! おかえりなさい!」
すっかり口元が緩んでしまっていたのを見られたことに羞恥を感じ、思わず大きな声で返事をしてしまいました。
「足、大丈夫か? 少し動けるからって無理すんなよ」
「大丈夫よ。杖をついていたら少しは歩けるようになったし、痛みも我慢できる程度のものよ」
今日の獲物はウサギのようで、ルーファスは夕食にシチューを作ってくれました。
私は料理などしたことがなかったけれど、ルーファスの手元を見て少しずつ覚えて行くようにしているのです。
「ルーファス、王都の様子はどうなの? ジョシュア様やアルウィン家のこと、貴方はあまり話してくれないけれど……どうなっているのか知ってるんでしょう?」
このひと月、ルーファスは私が家族へ向けてしたためた手紙をアルウィン家に届け流ためにも、何度か王都へ行っていると思うのですが……。
いつも詳しいことは話してくれませんでした。
はじめは足の痛みと生活の不自由さで忘れていたものの、少しずつ歩けるようになってきた私は、だんだんとジョシュア様や家族がどうなっているのか気になって仕方なくなってきたのです。
「アンタの家族は相変わらず元気にしてるよ。元婚約者殿はアンタの父親から国王に婚約破棄を申し出たことで、それを父親の公爵に責められて今は蟄居を命じられてるな」
「蟄居……それでは私の怪我のことは家族に知られてないのね。良かった……」
「まあ、知られてたらアンタの父親と兄貴があの馬鹿を生かしてはおかないだろうな」
足の怪我がどこまで良くなるかは分からないけれど、少なくとも石膏を外して杖もなくまともに歩くくらいはできるようにならないと帰れないわね。
「ルーファス、じゃあ今晩は貴方の話をして。貴方は私のことをよく知っているけれど、私は貴方のことを何も知らないのよ。名前と手練れの殺し屋であるということしか。話せることだけでいいから、教えてほしいの。貴方のこと、知りたいの」
ルーファスは昼間何処かへ出掛けて夜になれば戻ってくるけれど、時々血生臭い時があることに私は気づいていました。
獲物を持ち帰ることで誤魔化しているつもりかも知れないけれど、もっとおびただしい量の血がある場所でいたような……そんなにおいなのです。
ルーファスが殺し屋だということははじめから分かっていたけれど、きっと彼がそうせざるを得ない理由があると考えていました。
私に見せる優しさと、報酬の為に人の命を奪う殺し屋という職があまりにかけ離れているのですから。