ボンクラ婚約者の愛人でぶりっ子な悪役令嬢が雇った殺し屋に、何故か溺愛されていました
29. 貴方とともに生きてみたい
「そうねぇ、何から聞こうかしら。たとえば……お父様とお母様は? ご存命なの? 他にご家族はいらっしゃるの?」
「……俺は孤児だから親はいない。血の繋がった兄弟もいないが、兄貴のような存在はいるな。あとは父親代わりの人も。この髪と眼を見て、母親は俺を不吉な子だと棄てたらしい。まるで化け物のような不吉な髪と血の色をした眼だと」
私はルーファスの髪と瞳は初めて会った時から美しいと感じたけれど、産みの母からそのように思われるなんて……悲し過ぎるわ。
「ばーか。何泣いてんだよ。お前が泣くな」
この人は……こんなに……こんなに私に優しいのに。
私の涙がいつまでも止まらなくて、最初の質問から躓いてしまいました。
「……それで、どうして貴方は殺し屋をすることになったの?」
やっと嗚咽が落ち着いたところで、次の質問に移ります。
聞きたいことはたくさんあるのですから。
「俺がまだ幼くて孤児院でいる時、さっき言った父親代わりの人……『親父』が俺のことを拾ってくれて。俺の他にも何人か一緒に連れて帰ってくれたんだ。そこで訓練を受けて、仲間たちもそれぞれ活動してる」
「仕事が辛くはないの?」
そう尋ねると、眉を下げて困ったような顔をしつつも、口元は軽く微笑みながら彼は答えたのです。
「辛くはなかったが大変だったな。親父は人使いが荒いし、厳しい人だから。死にかけたことだって何度もある。だけどそれでもいいかなと思うことが多かった。いつ死んでもいいってな。思えば、これまではただ投げやりに生きてきた感じがする」
ルーファスは口にすること全てが何でもないことのように語るけれど、私にとっては未知の世界であり、とても悲しいことに思えたのです。
「それでもアンタに会えたことは、俺にとって人生で初めて良かったと思える依頼だったな。あのババアに感謝しないと」
そう言ってつり目がちな紅い瞳を細めたルーファスは、私の一番好きな表情をしていました。
「そういえばドロシー嬢はどうなったのかしら? あの日すでにジョシュア様には正体がバレていたようだったわ」
「ああ、アイツは今プライヤー伯爵に学院で男漁りしてたことがバレて監禁されてるよ。」
「か、監禁?」
サラッと口にすることが怖すぎます。
「あの伯爵、『裏』では有名な加虐性変態性欲者で、しかも狂人だからな。監禁されてキツいお仕置きを据えられているだろう」
キツいお仕置きの内容というのは私にはとても想像もできませんが、きっと恐ろしいことなのでしょう。
「俺が二人を消してやっても良かったけどな。それするとエレノアが嫌がるからやめた」
「そうね、貴方には私のためにそのようなことをして欲しくはないわ」
「ほら見ろ。そう言うと思ったから手出ししてない」
少しいじけたようにそう口にするルーファスは、普段より幼く見えました。
「そういえばルーファスっていくつなの?」
「さあ? 二十くらいじゃないか? 捨て子だからハッキリしないけど、そう言われたことがあるから多分そうなんだろ」
「そうなの。それじゃあ私より三つ年上なのね。今日は貴方のこと、少しずつでも知れて嬉しいわ」
私が心からの笑顔で微笑むと、ルーファスはそっと労るように私の身体を抱きしめたのです。
「……口づけ、していいか?」
そう尋ねるルーファスの頬は、いつかのように朱に染まっています。
「そんなこと聞かなくていいのに」
「いや、お前みたいな女に簡単に口づけしちゃ駄目だと思って……」
「前は簡単にしてたわよ」
「あれは……っ! ……最初の時は……アンタが騒ごうとしたから咄嗟に口を塞いだだけだし、二回目は……確かにその場の雰囲気でしたけど。だけどな、別に軽い気持ちでした訳じゃないぞ」
初対面の夜の口づけは何とも思ってなさそうだったのに、一緒にいる時間が長くなった今の方が恥ずかしそうにするルーファスは不思議ね。
「じゃあどうして今はしたいの? 口づけの理由、教えて」
「どうしてって……今……エレノアのことが……何か……すっげえ愛しく感じた……から」
ボソボソと口籠るルーファスでしたが、私の耳は決して彼の言葉を聞き逃しませんでした。
やがて私たちは、三回目の口づけを交わしました。
あまり私の名前を呼ばない彼が『エレノア』と呼んでくれたことと、『愛しい』と言ってくれたことで私も胸がいっぱいで苦しいような、でもとても大きな幸せを感じたのです。
角度を変えて何度も唇を啄んでいるうちに、ルーファスの熱い吐息と柔らかな舌が私の口内を撫で、生まれて初めての深くて甘い口づけに、思わず彼の首に両手を回して受け止めました。
「んッ……、ルーファス……ッ」
「はぁ……ッ、エレノア……」
「……愛してるの。どんな質素な暮らしでもいいから……貴方と……生きていきたい」
大好きな家族のことも、シアーラのことも、とても大切。
でも……それでも私は、やっぱりこの人と生きていきたい。
「本当に……いいのか? 俺は孤児で、エレノアは侯爵令嬢だ。家に帰ったらもっと良い婚約者だって、お前の父親なら簡単に探し出すだろう。お前のことを妻にしたい奴なんて、この世に掃いて捨てるほどいるぞ」
「ルーファスがいいの。初めて会った時から、貴方のことが好き。この美しい銀髪も、宝石のように煌めく紅い瞳も大好きよ」
ルーファスは私をギュッと強く抱きしめました。そしてその時彼の身体は、心なしか震えているような気がしたのです。