ボンクラ婚約者の愛人でぶりっ子な悪役令嬢が雇った殺し屋に、何故か溺愛されていました

31. とても盛大な棘がありましたのね


「ルーファス……」

 自分の呟きに驚いて目を開けると、そこは見慣れた天蓋があって……アルウィン侯爵邸の自分の部屋なのだと理解しました。

「お嬢様? お気づきになられましたか?」

 声のする方を見ると、いつもお世話をしてくれていた侍女の一人が微笑みながらこちらを見ています。

「エドガー様より、お嬢様の目が覚めたらすぐに知らせるようにとのことでしたので。知らせてまいります」

 すぐに身体は動けないながらも、そう言って侍女が部屋から出て行く気配がしたのです。

「ルーファスは大丈夫かしら? あの後ディーンお兄様と鉢合わせしたりしていないかしら?」



 ――バターーーンッ……!

 自室の扉が勢いよく開く音と、重い足音がドタバタと走り寄ってくる音がしました。

「エレノア! 気づいたのか? すまない、俺が勢いよく走り抜けたから気分が悪くなったのだな。もう大丈夫か?」
「エドガーお兄様、大丈夫ですわ。あの、私皆にお話があるんです」
「話? どんな話だ?」
「実は……」

 本当はお父様やお母様、ディーンお兄様が揃ったところでルーファスのことを話したかったのだけれど、エドガーお兄様は心配が故に暴走してしまいそう。
 だから先に話してしまおうかと思っていたところに、久しぶりに聞くお父様のお声がしました。

「エドガー、マリア(お母様)もエレノアに会いたいのだから。少し落ち着いて待ちなさい」

 お父様に襟首を掴まれて後ろへと下がらされたエドガーお兄様に代わって、お母様が寝台の傍へと近づきました。

「エレノア! 大丈夫? ああ、良かったわ。心配したのよ」
「お父様、お母様。心配をおかけして申し訳ありません。」
「貴女が無事ならいいのよ。それにしても、大変だったわね。あんな頭の弱くてプライドばかり高い『天下の愚か者』なんて、さっさと処罰してしまえば貴女も安心して邸に帰ってこれたのに。お父様ったら、こういう時に限って仕事が遅いのよ」

 ……お母様?
 
 今……『天下の愚か者』と……おっしゃいました? 『さっさと処罰』とも……。

 それに、お父様のことも随分と悪くおっしゃっていましたわよね?

「マリア、エレノア。すまなかった。私も色々と手を尽くしてはいたんだが……いかんせん相手は国王陛下の甥であり、王弟殿下の嫡男だからな。なかなかそう簡単にはいかなかったんだ」
「あなた、言い訳など不要ですわ。可愛いエレノアがなかなか帰って来れなかったのは、あの馬鹿をさっさと処罰しなかった陛下とあなたの落ち度でしょう?」

 お母様……強い。

 私これまでお母様は、とてもおっとりしていらっしゃると思っていました。
 昔は『社交界の薔薇』と呼ばれていた素敵な淑女だと伺っておりましたから。
 
 けれども、美しい薔薇には想像よりも多くの棘がおありでしたのね。

「エドガー、貴方はエレノアの気持ちも聞かずにさっさと連れ帰ってきて、話一つ聞こうとしないなんてどういうことかしら? いくら妹が可愛いからと言ってエレノアの気持ちを蔑ろにすることは、この母が許しませんよ! しばらく部屋から出ていなさい!」
「うう……分かりました……エレノア、すまなかった」

 あらあら、エドガーお兄様ったら、すっかり萎縮していらっしゃる。
 逞しい身体をこれでもかと小さくして、トボトボとお部屋から出て行ってしまわれたわ。

「さあ、エレノア。邪魔者はいなくなったわ。お父様とお母様に話したいことがあるのね?」
「はい。聞いてくださいますか?」

 とても鋭いところがあるお母様は、私が何か大切な話をするのだろうと感づいていらっしゃるのだわ。

「実は私、愛する人ができましたの」
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