ボンクラ婚約者の愛人でぶりっ子な悪役令嬢が雇った殺し屋に、何故か溺愛されていました
36. エドガーお兄様の、俺を倒して行け
――ルーファス曰く。
ルーファスはお父様の子飼いであり、シュヴァリエ王国宰相のお父様が持つ、諜報員の一人だというのです。
そしてお父様は、ジョシュア様の学院での横暴をご存知だったけれど、私がジョシュア様のことを慕っていると思い、ギリギリまで見守ることにしたのだとか。
ドロシー嬢の存在と正体、そして私に差し向ける殺し屋を彼女が雇おうとしていると知って、諜報員であるルーファスに依頼を受けさせ、間接的に私を守ろうとしたと説明されました。
(ただ、ルーファスは殺し屋のフリをして私のことを見守るために差し向けられただけであり、あの夜部屋に侵入したことは命令外のことだったというのです)
そして学院内でのジョシュア様とドロシー嬢の不埒な行動をつぶさに記録し、それがある程度固まったら国王陛下へと報告するつもりでいたとお父様はおっしゃいました。
そうすることで私とジョシュア様の婚約破棄を、ジョシュア様有責で行うつもりだったと。
私がルーファスに好きだと伝え、二回目の口づけを交わした夜のことをルーファスから報告を受けたお父様は、胃が痛んで一晩中眠れなかったそうです。
そもそも私は全く気づかなかったのですが、翌日に交わした私との会話でお父様が口にしていた言葉……「エレノア、お前は私たちの大切な娘だ。お前の判断はきっと後々のお前を救うことになるのだろう。それならば、私はお前のその気持ちを支持しよう。このようなことになること自体、本来はとても許されることではないがな。アイツは一体私たちの可愛いエレノアに何をやってくれてるんだ」
これはジョシュア様のことではなく、ルーファスのことを指していたそうなのです。
まさかルーファスとお父様に繋がりがあるとは知らない私に、お父様の真意など分かるわけがありません。
口づけの事も何もかもお父様に筒抜けだったなんて、今更ですが恥ずかしくて顔から火を吹きそうです。
そしてその後もルーファスに私を見守らせながら、お父様はこれまで以上に細かい報告を逐一受けていたというのですから、恥ずかしいことこの上ないですわ。
お父様だけでなく、ルーファスからすると『同僚』でもあるディーンお兄様にまで筒抜けだったということなのですから。
あの小屋で話していた、『父親代わり』というのは孤児院に迎えに行ったお父様のことで、『兄貴のような存在』とはディーンお兄様のことだったのですね。
「なんだか私だけ仲間外れにされて……全て筒抜けで……とても腹立たしいですわ」
恥じらいに耐えかね、少しでも誤魔化そうとわざと不機嫌な顔をしてそう言うと、ルーファスは困ったお顔をしますし、ディーンお兄様とお父様は身体をすくめて小さくしています。
「結局ルーファスは殺し屋ではなく、諜報員だったのですね」
ただ報酬のために人殺しをするような人ではなく、国のために暗部の仕事をしていたのだと知り、私はどこかホッとしたところもあったのです。
「お父様、お兄様。私のことはもう大丈夫ですから。『誰かを使って見張ったり』、『裏で画策する』のは今後一切おやめくださいませね」
シュンとした様子のお二人ですが、これからはそのようなことをしなくても私は強く生きられると思います。それに、きっとこれまでよりももっと幸せでいられるのですから。
「ルーファスも。私とのことをお父様やお兄様に無闇矢鱈と報告するのはやめて!」
「分かった……本当にすまなかった」
「分かればいいの」
「……ということで、エレノアがそう言うので親父殿、ディーン、もうそのようなことは今後一切できませんから悪しからず」
ニヤリと意地悪な笑みを浮かべたルーファスがお父様とディーンお兄様に声をかけると、二人は心なしか恨めしそうにルーファスの方を睨んでいるような気がいたしました。
睨んだってダメなものはダメです。過保護にも限度というものがありますわ。
……と、その時です。
サロンの扉が勢い良く開き、エドガーお兄様がお母様を引きずりながら現れました。
「エレノア! 結婚するとはどういうことだ⁉︎ あのボンクラとは婚約破棄したんだろう? どこのどいつと結婚すると言うんだ!」
エドガーお兄様は私に駆け寄り、ギュッと強く抱きしめながら周りを見渡しました。
やがてお父様とディーンお兄様の隣に立つ見慣れぬ男がその相手だと、エドガーお兄様お得意の野生の勘のようなもので気づいたのでしょう。
「お前! 表へ出ろ! 俺を倒せるようなやつでなければエレノアはやらんぞ!」
このように大騒ぎをしてルーファスを掴むと、エドガーお兄様は勢いよく飛び出すかのようにして庭へと向かって行ってしまわれたのです。