雨の箱庭 甘い傷の舐め合い
「え、と……」

 結婚を前提にお付き合いは聞いたことあるけど、恋人を前提にお友達なんて告白聞いたことがない。
 噂に違わない、変な人だ。
 首も舐めてくるし、ヤバい人かもしれない。
 逃げたいと思うけど、バス停の外は嵐だし、手首もつかまれて逃げられる気がしない。

「と、友達は……こういうことしないと思う」

「そっか、ごめん」

 意外と素直に両手は解放され、リヒトくんは一歩下がった。
 私も一歩距離を取って、急いでネックカバーを首に通そうとする。

「タオルあるよ」

 びしょ濡れのネックカバーをつけようとする私を見かねて、リヒトくんはベンチに戻って行く。そこに置いてあった学校指定のスポーツバッグから、細めのタオルを持ってくると私の首に巻き付けた。
 ぎゅっと縛られると、苦しくはないけど少し首が圧迫された。

 私の首を絞めるリヒトくんは微笑んでいた。

「気持ち悪くないの?」

 皮膚病の傷跡。
 散々奇異の目で見られて、とっくに完治しているのに感染するじゃないかって避けられることも少なくなかった。

「なにが?」

 唇を微笑ましたまま、リヒトくんが目を丸くして首を傾げる。
 そこに嘘は感じられない。

 そうだよね、気持ち悪いとか思ったら舐めたりしないよね……
 むしろ舐めてくるその行為の方が、私にとっては気持ち悪い。でも、その奇行を嬉しく思う気持ちがちょっとだけあった。

「ううん。なんでもない……」

 首を舐められた感触を思い出して赤くなってると、濡れた髪がせっかく巻いてくれたタオルを濡らしていく。

「まだあるから、使って」

 今度は大きめのタオルがバッグから出てきた。

「ありがとう」

 それを受け取ろうと手を伸ばすと、リヒトくんは私の手からタオルを遠ざける。
 意地悪されて驚く私を見て、リヒトくんは満足そうだった。

「拭いてあげる」

 リヒトくんは私の頭にタオルをかぶせると、髪を拭き始めた。
 タオル越しに感じるリヒトくんの大きな手の感触。
 身を屈められて、フードに隠れたキレイな顔が近くなる。

 思わず逸らした視線が、リヒトくんの手首に気づいた。
 少し捲れ上がったウインドブレーカーの袖から覗く、傷跡。
 一瞬、腱かと思ったけど違う。
 手首から肘に向かって真っ直ぐ伸びる、無数の白く長い傷跡。

「おそろい」

 私の視線に気づいたリヒトくんがおどけたように言う。
 笑っているのにどこか物憂げで、胸が切なくなる。

「ずっと、フタミさんのこと気になってたんだ」

 私の視線から傷跡を隠すこともせず、リヒトくんは私の髪を拭き続ける。

「……傷が、あるから?」

 気になって見ていたなんて、理由はそれしか思い浮かばなかった。
 同じように傷痕を持ってる。
 私の傷をキレイと言って、舐めてきたり、気になってたのは私? それとも、傷痕?

「うん。最初はなにつけてるんだろうなーって思って見てた」

 意地悪な私の問いに、リヒトくんは屈託なく笑う。
 さっきのアンニュイな微笑みとのアンバランスさに、気持ちが揺らぐ。

「傷がなかったら見なかった。傷があるから見てて、笑顔が素敵だなって気づけた」

 気になったのは傷痕でも私でもなくて、傷痕のある私。

「でも、フタミさんはオレのこと知らないだろうし、オレも話したこともないのに変でしょ」

 髪を拭く手が止まり、タオルが取り払われる。

「だから、まずは友達から。友達になればオレはもっとフタミさんのこと好きになるだろうし、フタミさんもオレのこと好きになってくれたら嬉しい」

 リヒトくんの手が私の髪を耳に掛けて、真っ直ぐに見つめてくる。

「どうかな?」

 うん。って、一言そう声に出せばいいだけなのに言葉が出てこない。
 声の代わりに、私はリヒトくんの傷跡に唇を寄せて返事をした。

 雷が光る。
 赤くなる私が見上げたリヒトくんも、赤かった。

 きっと、もう好きになり始めてる。





「雨の箱庭 甘い傷の舐め合い」完
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