イケメン御曹司とは席替えで隣になっても、これ以上何も起こらないはずだった。

No.14:返して

 数日後、学校のお昼休み時間。
 今日も私と柚葉のところに、ハリー君が加わっている。

「月島さん、これメッチャ美味しいよ! これ売ってたら、僕毎日でも買いに行くレベル」

「うん、美味しいね。華恋のアップルパイ、久しぶりだよ。相変わらず上手だね」

 私は昨夜、久しぶりにアップルパイを作った。
 もちろん今日の宝生君の予定を聞いてからだったけど。
 出来の良い物は、夕方宝生君に渡す分として取ってある。
 残った分を試食も兼ねて、柚葉とハリー君に食べてもらうことにした。
 おおむね好評のようだ。
 ほっと胸をなでおろす。

「久しぶりって……三宅さん、前にも月島さんのアップルパイ食べたことあるの?」

「うん。中学の時、華恋よく家に遊びに来てたんだよ。その時たまに作って持ってきてくれてたよね」

「そうそう。なんか懐かしいね。一緒に勉強してたもんね」

「でもなんか前のと少し違うような……なんだろ……あ、わかった。シナモンが入ってないんじゃない?」

 ギクッ……柚葉の味覚は鋭かった。

「そ、そーなの。シナモン切らしちゃって」

「そっか。でも美味しいよ。私がシナモン好きってだけだから」

 もちろんシナモンは家にある。
 あえて使ってないだけだ。

「でもどうしたの? 急にこんなの作ったりして」

「え? べ、べつに。たまには、ね」

「好きな人でも、できたりして?」

「ええっ!? つ、月島さん、好きな人とかいるのっ?」

 なぜかハリー君の声が大きくなった。

「ち、ちがうから! たまたま……そう、たまたま近所の人からね、リンゴをたくさん頂いたの。だから傷んじゃうまえに、アップルパイでも作っとこうかなって」

「へぇー、リンゴなんてシーズン過ぎてるのにね。でもいいなぁ、わたしリンゴ大好きだから羨ましい」

「そうだったんだ……好きな人に作ったわけじゃないんだね……」

「ハリー、焦りすぎ」

「べ、べつに焦ってなんかないよっ」

 好きな人、か……。
 私もいつか、好きな人にアップルパイとか焼いて食べてもらうようになるんだろうか……。

 ちょうどその時、予鈴がなった。
 同時に宝生君が教室へ戻ってきた。
 好きな人じゃないけど、夕方これを食べた彼はなんて言うだろうか。

        ◆◆◆

 その日の夕方の待ち合わせ場所は、あの市立図書館だ。
 そこの休憩室は、一応飲食可能だから。

「はい、どうぞ」

「おおっ、美味そうだな。上手に出来てる」

「一応テリを出すために、卵黄も塗って焼いたからね」

「おー、なんかよくわからんけど、本格的だ」

 プラスチックケースに入った5個のアップルパイを見ながら、宝生君は目を輝かせている。
 テーブルの上には、宝生君が買ってくれた紅茶のボトルと缶コーヒーも置いてある。

「それじゃあ、いただくぞ」

「はい、どうぞ」

 宝生君はケースから1つ取って、口へ入れる。
 サクッと香ばしい音がした。

「あ……」

 宝生君が短く声を上げた。
 そのまま咀嚼を続ける。
 
 斜め下に視線を固定して、何かを考えながら口以外が動かなくなった。
 私はめちゃくちゃ緊張して、その様子を見ていた。

「ど、どう?」

「……」

「宝生君?」

「へ? あ、ああ。普通」

「普通?」

「……」

「……」

「……」

「返して」

「え? いや、ちょっと」

「こういうのもらった時は、嘘でも『美味しい』って言うようにって、教育係の人から教わらなかったの? 返して」

「いや、ちょっと待て。噛んでいるうちにきっと美味しく、だから待てって。食べるから。ちょっと、危ない! 口の中に指を入れようとするな! 待てって!」

「か・え・し・な・さ・い」

 2人でわちゃわちゃやっていると、近くで見ていた中学生らしい女の子2人組が、こっちを見てケラケラと笑っていた。
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