イケメン御曹司とは席替えで隣になっても、これ以上何も起こらないはずだった。
No.28:高2の夏
宝生君とは、もう一度同じ図書館で勉強会をした。
私も宝生君も、ものすごい集中力だった。
終わったあとは、また休憩室でおしゃべりした。
その日のお茶菓子は、クッキーだった。
中間試験も無事終わって、解答用紙も全部帰ってきた。
私の学年順位は3位。
悪くないと思う。
「月島、助かったぞ」
Limeの音声通話越しの宝生君の声は、弾んでいた。
学年順位がなんと12位まで跳ね上がったそうだ。
「いや、やっぱり元々頭がよかったんだよ。次回のテストは、私抜かれるかも」
「いやいや、あの3教科のまとめのおかげだ。次回は全教科頼む」
「何言ってるのよ。数学と英語は、こっちが作ってもらいたいくらいよ」
そもそも苦手3教科の点数が跳ね上がっただけで学年12位って、もともと他の教科も頭もよかったっていうだけの話だと思うけど。
「まあまた次回も頼む。礼はちゃんとするから」
「お礼とかはいいんだけど……」
こっちだっていろいろとご馳走になってるわけだし。
「そうだ、思い出した。俺行きたいところがあるんだ。一緒に行かないか?」
「どこ?」
「レストランチェーンでな、サンゼリアって知ってるか?」
「……もう驚かないけど」
サンゼリアは緑色の看板でおなじみの、格安イタリアンの全国チェーン店だ。
高校生御用達ではあるんだけど……。
「もしかして、行ったことない?」
「ないな」
「……そう」
そりゃマクドに行ったことないんだったら、不思議じゃないのか。
「わかった。一緒に行こう。私、今週は土日両方バイトだから無理だけど、次の週でもいいし」
「そうだな。また連絡してくれ」
「うん、わかった」
音声通話を終了して、私は小さく嘆息する。
また今度、一緒に食事かぁ。
なんだかそれって……。
いや、考えるのやめよう。
どうせ向こうは、そんなこと全然思ってないんだから。
◆◆◆
「さあ華恋、今日は好きなだけ飲んでいいからね」
「三宅さん、ドリンクバー奢るからって、そのフレーズはおかしいと思う」
「ハリーはいちいち細かいなぁ」
「高校生の場合、普通は『好きなだけ食べていいからね』じゃないの?」
テストも終わったので、私達3人は学校帰りにファミレスに来ていた。
いろいろ教えてもらったお礼にと、柚葉がドリンクバーをご馳走してくれるらしい。
「じゃあ僕が山盛りポテトフライを頼むから、3人でシェアしよう」
「わたしはハンバーグとかでもいいよ」
「シェアしにくいでしょ?」
「もう本当に2人とも仲がいいよね。いいかげん付き合っちゃえば?」
「つ、月島さん、違うんだ! 僕と三宅さんはそんなんじゃないよ!」
「だからもう……ハリー、あからさまに焦りすぎなんだって」
柚葉は退屈そうに、ぶどう色の液体をストローで吸い上げる。
「でもさあ、もうすぐ夏だよ。高2の夏だよ。人生で1回きりの」
「高1も高3も、1回きりだけどね」
「だからハリーはうっさいって。やっぱりさぁ、カッコいい男の子といろいろイベントがあってもいいよね。海行ったりさぁ、プール行ったり、花火大会とかさぁ」
「三宅さんの場合、補習が無いといいけど」
「あーもう! 現実に引き戻さないでよ」
「やっぱり皆、普通はそんな感覚なのかな……」
私はちょっと違うカテゴリーにいるのかもしれない。
「華恋はそうは思わない?」
「そうじゃないけど……ほら、うちの場合経済的にきついから、もし特待を外れたら多分学校をやめないといけないのね。だから勉強も手が抜けないし、バイトもそう。今はそれ以外のことに、余裕がないんだよ」
この2人には母親の事とか、うちの経済状況を話してある。
「そっかー。でも夏休みもあるしさ、華恋も1日ぐらいはなんとかなるでしょ?」
「それはもちろん」
「じゃあ一緒にどっか遊びに行こうよ。カッコいい男の子はいないかもだけどさ」
「僕は、そのカッコいい男の子のカテゴリーに入ってないんだね」
「入ってると思ってるの?」
「思ってないけどさぁ……」
2人のコントを聞きながら、私はさっきの柚葉の言葉を思い出していた。
『カッコいい男の子といろいろイベントがあってもいいよね。』
長身のイケメンで、俺様でちょっと意地悪で。
でもちょっと可愛いところがあって、それがまたギャップで。
さり気なく優しくて、一緒にいると包み込んでくれるような男の子。
私はそんな自分の中の思いをどうしていいかわからず、氷の溶けたアイスティーをストローで意味もなくかき回していた。