イケメン御曹司とは席替えで隣になっても、これ以上何も起こらないはずだった。

No.37:頼ってほしい

 
 花火大会も終わり、俺たちは帰りの車の中で言葉少なだった。
 花火は2人とも楽しんで見ていたが、最後に月島が泣き出してしまった。
 亡くなった母親を思い出したようだ。

 そんな思い出があれば、辛いに決まっている。
 どうして先に言わなかったんだろう。
 言ってくれれば、誘うことはしなかったのに。

 それでも月島は、俺と花火を見たかったと言ってくれた。
 泣いたりしてゴメンと。

 涙が止まらない月島を、俺は抱きしめたやりたかった。
 華奢なその両肩を、俺の両手で包んでやりたかった。
 でもなぜか俺はそうしなかった。

 俺は多分、月島と対等でいたかったんだと思う。
 変な情けをかけて、上から目線になるのが俺自身嫌だったんだと思う。
 それに……俺と月島は、恋仲じゃない。

 それでも……俺は後悔していた。
 黙って抱きしめてやるべきだった。
 何も言わずに、泣き止むまで傷を癒やしてやるべきだった。
 それに……今日のために、慣れないメイクを施してきたんだろう。
 綺麗だ、可愛いと、ちゃんと口にしてやるべきだった。
 いろいろと後悔することが多すぎる。

「なんか今日はごめんね。それと……ありがと」 

 隣に座る月島は、柔らかい笑顔でそう言った。

「こちらこそだ。でも辛いなら辛いって言えよ」

「うん、でももう大丈夫だよ。また来年も誘ってほしいな。今度はもっと楽しめると思うから」

「……そうだな。それよりも、期末テストの心配の方が先だ」

「あ、そうだった……じゃあまた勉強会だね」

「ああ、頼む」

「図書館、また予約しとくよ」

 そんな話をしていたら、月島の家に着いたようだ。
 古びたアパートの前で、車は静かに停まる。

「本当にありがとう。楽しかった」

「ああ。またな」

「うん、それじゃあね」

 月島は西山にも丁寧にお礼を言うと、そのままアパートの2階への階段を上がっていった。


「礼儀正しい、可愛いお嬢さんですね」

「……まあ、そうだな」
 自宅に向かう車の中、俺は西山の意見に相槌を打つ。

 びっくりするぐらい、思った以上に古いアパートだった。
 あの生活環境で、アルバイトをしながら特待生を維持している。
 俺はシンプルに凄いやつだと感心した。
 
 良い教育と良い医療には、どうしたってお金がかかる。
 それが世界的な常識になりつつある。
 月島はその常識に(あらが)って、今の生活環境を手にしている。
 本人の才能もさることながら、きっと見えないところでものすごく努力をしているんだろう。

 少しでもいいから……俺は月島に頼ってほしいと思った。
 傲慢かもしれない。
 それでもいい。
 アイツのために、何かできることはないだろうか。
 俺は車の中で、そんな事をぼんやりと考えていた。 
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