イケメン御曹司とは席替えで隣になっても、これ以上何も起こらないはずだった。

No.52:すがるような気持ち

 ファミレスでバイトを終え、私は家路を急ぐ。
 もう体はクタクタ。
 ついでに心もクタクタだ。

 教頭先生の呼び出しを受けてから1週間が経つ。
 私はビクビクとおびえながら過ごしていた。
 PTAの臨時総会って、いつ開かれるんだろう。
 それに……美濃川さんとすれ違う時、彼女はやたらと私の顔を見ながらニヤニヤしてくる。
 私は本当に、気分が滅入っていた。

 一方でお父さんの方も、状況は変わらなかった。
 ただ例の金融機関からの電話はかかってこなくなったし、自宅へ取り立てに来られることも、ここ1週間はなかったようだ。

 嵐の前の静けさか?
 私もお父さんも、戦々恐々としていた。

「ただいまー」

「おー、華恋お帰り。お疲れ様」

「もうお腹ペコペコだよ」

 テーブルの上を見ると、お父さんお手製の焼きそばにラップがかかっていた。
 お父さんは焼きそばに野菜をたっぷり入れるので、サラダの用意もなくこれ一品だ。
 お味噌汁は別に作ってくれてるけど。

 私はレンジで温めなおした焼きそばとお味噌汁を、テーブルの上に運んで食べ始めた。
 お父さんがテーブルの向かい側で、さっきからずっと難しい顔をしながら何か読んでいる。

「お父さん、なにそれ?」

「ん? ああ、きょう金融機関から送られてきたローンに関する書類なんだけど……なんだか意味がわからないというか、信じられないというか……」

「金融機関? 例の取り立てに来てたところじゃないの?」

 私は焦った。
 こんどは差し押さえか何かに来るの?
 私はお父さんが読んでいた書類を、体を伸ばして覗き込む。

債権(さいけん)……譲渡(じょうと)……通知書(つうちしょ)?」

 その書類には、債権譲渡通知書と書かれてある。

「そうなんだ。この書類によるとだな、今までお父さんはオーシャンファイナンスっていうところからお金を借りていたんだ。例の電話をかけてきたりとか、家まで押しかけてきたりとかする連中がいたところだ」

「うん」

「そのローンが、今度『東日本ファイナンス』という金融機関に移された、ということらしいんだ」

「それって金融機関名が変わったとか、そういうことじゃなくって?」

「これを見る限り違うな。全く別の金融機関だ。で、それだけじゃない。オーシャンファイナンスは返済が滞っていた例のローンを全額返せと言ってきたんだけど、この東日本ファイナンスに移ってから、返済の条件が変わったんだ」

「返済の条件が変わったって……どんな風に?」

「ああ、35年の分割返済だ。しかも適用金利がもの凄く低い」

「は? 35年?」

「そうだ。これが返済予定表なんだけど……もしこれが本当なら、月々の返済がものすごく楽になるぞ」

「本当に? 凄いじゃない!」

「まだあるぞ。この東日本ファイナンスが、お父さんの過去のローンを全部調べてくれたらしいんだけど、かなり高い金利を払っていたローンもあるそうなんだ。それで同封されていた書類にサインして送り返したら、ここの関連会社の法律事務所が払い過ぎた金利分の払い戻しもやってくれるらしい」

 お父さんは、もう一枚の書類を見せてくれた。
 そこには、「過払(かばら)い金請求のご案内」と書かれてある。

「どれぐらい戻ってくるの?」

「さっきネットで調べてみたんだ。お父さんの場合、昔借りていたローンの金利がかなり高かったようだ。計算が間違ってなければ、100万円以上は戻ってきそうなんだよ」

「そ、そんなに?」

「ああ。月々の返済も楽になるし、もしこの過払い金が戻ってきたら……冬のボーナス次第だけど、華恋が特待を外れても卒業までの授業料はなんとかなると思う」

「本当!? 本当に!? 私、英徳やめなくていいの?」

「ああ、多分大丈夫だ」

「う、嬉しい……」

 私は泣きそうだった。
 よかった、本当によかった。

「でもなんでいきなりそんなことになったの? 東日本ファイナンスって、神様か何かなの?」

「本当だな。お父さんも、狐につままれたような感じだよ」

 なんだか話がうま過ぎる気もした。
 でも……私はこの話を信じたかった。
 夢でもいい。信じさせてほしい。
 そんな、すがるような気持ちでいっぱいだった。
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