イケメン御曹司とは席替えで隣になっても、これ以上何も起こらないはずだった。

No.57:こ、これって……

 10月に入っても、まだまだ暑い日が続いた。
 お風呂から出た私は、喉が乾いて麦茶を飲んでいた。
 お父さんが麦茶好きで、我が家では年中麦茶が活躍している。
 
 麦茶を飲み終えて、コップを洗おうとキッチンへ向かった。
 キッチンテーブルの上に、お父さんがさっきまで読んでいた紙が置いてある。
 先日送られてきた、例の東日本ファイナンスからの借金の返済予定表だ。

 何気なく手にとって、眺めてみる。

「でもこれには本当に助けられた感じだよ。神からの紙、かな?」
 ……我ながら、ギャグのセンスがない。

「たしかにこの金額だったら、私のバイト代でもギリ返せそうだもんね。でも35年後ってさ、お父さんいったい何歳になって……」

 

 
 突然私は動けなくなった。
 呼吸が止まった。


 見ていたその紙の、一番下に書かれていた小さな文字。
 そこから目が動かせなくなっていたからだ。

 そこには金融機関のロゴが入っている。

 「東日本ファイナンス」

 そしてその下に、プリントされていた小さな文字。
 普通なら見落としてしまいそうな、小さな小さな文字でこう書かれていた。



    ー 宝生グループ ー



「こ、これって……」

 うそ……。
 うそでしょ?

「お、お父さん!」

「なんだ、華恋。夜中にそんな大きな声を出すんじゃない。」

「お父さん、この紙と一緒に他の書類も送られてきたでしょ? 払いすぎた利息がなんとかって」

「ああ、過払い金請求のことか?」

「そう! それ見せてくれる?」

「……どうしたんだ?」

「いいから!」

 お父さんは鞄の中から、渋々その書類を出してきた。
 私は手にとって見てみる。

「過払い金請求のご案内」

 その一番下に会社のロゴ、エリート法律事務所。
 そしてその下にも、小さな文字で……。


「……宝生グループ……」


 これは……偶然なんかじゃない。
 宝生君が……彼が助けてくれたの?
 でもどうして……。
 どうやって……。

 その時私のスマホが震えた。
 音声通話だ。

 画面には「柚葉」と表示されている。

「もしもし? 柚葉?」

「華恋、夜遅くにゴメンね。今、大丈夫」

「うん、大丈夫だよ」

「実はね、本当は口止めされてたんだけど……やっぱり華恋は知っておいたほうがいいと思って……」

 それから柚葉はあの日私が教室から出て行ったあと、宝生君と何を話したのかを私に教えてくれた。

        ◆◆◆

 「やっぱり宝生君だったんだ……」

 翌朝、私は朝食を食べながらいろいろと考えていた。
 昨日柚葉が教えてくれた通り、最近私とお父さんに関わる問題を全て解決してくれたのは宝生君のようだった。
 柚葉はあの日、宝生君に私のことを助けてほしいとお願いしてくれたらしい。 
 そして宝生君は、話したことを私に言わないようにと、柚葉に口止めした。
 
 このあいだ、お好み焼きを食べに行ったときも全然話してくれなかった。

「ラッキーな偶然が重なったんじゃないか?」

 そんな風にとぼけていた。
 よく考えればそんな偶然なんて、あるわけがない。
 私に気づかせないように、助けてくれたんだ。

 それなのに……私はどうだ?
 夏休みのあいだ中、私は彼に全く連絡をしなかった。
 自分の事だけを考えて。
 自分の事だけを優先させて。
 
「私、なんて酷い女なんだろう……」
 
 私は昨日、なかなか寝付けなかった。
 罪悪感が私を襲った。
 涙がこぼれそうだった。
 彼には感謝してもしきれない。
 月曜日に会ったら、なんて言えばいいの?

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