遠くに行ってしまった幼なじみが副社長となって私を溺愛してくる
 何が初仕事だ、と思いながらも、甘い誘惑には勝てなかった。
 確かに雪くんの言う通り、色々とあり過ぎて、精神が疲弊していたらしい。

 押し倒されてドキドキしたのに、視界を雪くんの大きな手に塞がれた瞬間、私は落ちた。そう、眠りに。

 嘘でしょう? と思うかもしれないけれど、本当だった。

 目が覚めた時、愕然となったほどである。幸い、最初の目覚めと違って、すぐに雪くんは現れなかった。
 多分、会社に行ったのかもしれない。私と違って、副社長の替えはいない。一日休んだから、大変なことになるのは目に見えていた。

 けれど今の私にとっては好都合だった。幸いにも、雪くんはこの部屋に時計を戻しておいてくれた。

 時刻は二時。カーテンを開けると、日は登っている。つまり十四時。

 私は雪くんがいないことをいいことに、室内を物色した。

「私の荷物をどこにやったの?」

 あの時の雪くんの反応から、私を帰したくないのは分かっていた。理由は簡単だ。

「きっと怒っている。お父さんも、お母さんも」

 雪くんの言い分なんて、きっと聞かなかったんだろう。けれど雪くんは強引に事を進めたに違いない。

「今、帰ったら、会社を辞めろって言うんだろうな」

 でもね、雪くん。逃げてばかりはいられないんだよ。自分の意思を通したいのなら、真正面から戦わないと。

 忘れちゃった? 私たちの出会いも、そうだったじゃない。

「私は逃げないよ」

 クローゼットの中から、茶色い鞄を見つけた瞬間、私は口角を上げた。
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