遠くに行ってしまった幼なじみが副社長となって私を溺愛してくる
「高野辺家の奥さまに出迎えていただいたのは嬉しいのですが、早智さんはどちらに?」

 これから対峙するとはいえ、昔のように「おばさん」と呼ぶことも、「お義母さん」とも呼ぶことも避けた。どちらも相手の揚げ足を取るような呼び方だったからだ。

 しかし、相手の表情が変わらない、というのはやり辛い。眉の一つでも浮かしてくれればいいものを。
 だから僕は言葉を続けた。

「一旦、荷物を取りに帰るというので、帰宅を許したんですが、未だに帰らないもので、迎えに来ました。いるのは分かっているんです」

 ハッタリだった。早智が帰宅したのを確認したわけではない。が、ここは強行突破しなければ、先には進めないような気がしたのだ。

 あくまでも、相手の出方次第だが。

「迎えなど、その必要はありません。早智は本日をもって、リバーブラッシュを退職させました。よってお宅とはもう、関係ありません! お引き取りを」
「そんな勝手なことができるとでも言うんですか? 会社をやめるということは――……」
「退職代行、という商売が成り立つ時代ですよ。無理だと仰るなら、そちらを使わせていただきます。確か、会社に連絡することも、行かなくてもできるんでしたよね」

 詳しくはないが、そうだという噂を聞いたことがあった。
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