お試しデートは必須科目〜しなけりゃ卒業できません!〜
場所は任せるよ、と言われて、私は駅前のカフェを選んだ。

いつも店頭に掲げてあるボードに美味しそうなメニューが書かれていて、以前から気になっていたお店だ。

「ここでもいいですか?」

「ああ」

工藤くんはあっさり頷いて店内に入っていく。

「いらっしゃいませ。2名様ですね。テラス席と店内、どちらがよろしいですか?」

スタッフのお姉さんに聞かれて、工藤くんは私を振り返る。

「どっちがいい?」

「えっと、お天気いいからテラスでもいいですか?」

「いいよ」

無表情のまま頷き、テラス席で、とお姉さんに告げる工藤くん。

相変わらず淡々としてるなぁ。

密かにタンタンって呼ぼうかな。

いや、待って。

確か工藤くん、そんなような名前だったかも?

さすがにタンタンではないけど、何だったっけ?

「決まった?」

メニューを見ていた工藤くんに声をかけられ、うわの空で座っていた私は慌てる。

「えっと…、このワンプレートランチにします」

「分かった。ドリンクは?」

「ホットのミルクティーで」

工藤くんは私の分を頼んでくれたあと、自分にはパストラミビーフサンドイッチとコーヒーを注文した。

「あの、申し遅れましたが、私は樋口 結衣と申します」

料理を待つ間、私は改めて挨拶した。

「知ってる」

「え?ご存知でしたか。同じクラスになったことないのに?」

「1度成績を抜かれた相手の名前は忘れられない」

「あ…」

恐らく2年生の7月の定期テストのことだろう。

うちの学校では、テストが終わると成績上位30人の名前が貼り出されることになっている。

トップは毎回工藤くんだが、1度だけ私が僅差で1位になったことがあった。

私はまぐれだと思って気にしていなかったけれど、工藤くんは覚えていたのだろう。

「私の名前だけじゃなくて、顔も覚えてたんですか?」

「いや、正直言うと顔はあんまり思い出せなかった」

「そうですよね。私も工藤くんのこと、下の名前は思い出せないです」

「工藤 (けん)だ」

「賢!そうだ、思い出した。タンタンじゃなくてケンケンだ!」

はあ?と工藤くんが眉間にしわを寄せる。

マズイ…と私は口を押さえた。

「いや、その…。担担麺が食べたいなって思ってたら、つい…」

「担担麺?じゃあどうしてラーメン屋に行かなかったんだ?」

「あ、それは。このお店に入った途端、担担麺が頭に浮かんで…」

「どれだけ思考回路の切り替えが早いんだよ」

「そうですよね、すみません」

しょんぼりと身をちぢこめていると、お待たせしました!と料理が運ばれてきた。

「わあ、美味しそう!」

私の前に置かれたオーバル型のプレートには、彩り良く様々な料理が盛りつけられている。

工藤くんが私の手元を覗き込んで聞いてきた。

「へえー、色んな種類が1度に食べられていいな。それは何?」

「これ?サフランライスかな。こっちはバーベキューチキンで、これがエビグラタン。あとはサーモンのマリネとミネストローネ。あ、レポート用にメモしますか?」

「いや、この程度ならその必要はない」

「ですよね。工藤くんだもんね」

あはは、と乾いた笑いのあと、私は早速料理を食べ始めた。

「んー、美味しい!なんだかとっても本格的な味がする。お得だな、このプレート。どれ食べても美味しいもん。あ、テザートも頼んじゃおうかな」

うっとりとひとりごちていると、工藤くんがしみじみと口を開いた。

「女子ってそんなにも食べ物で幸せになれるんだな」

「うん、なれますよ。美味しい物さえあれば、彼氏とかいらないかも」

工藤くんはじっと一点を見据えて何やら考え込んでいる。

ひょっとしてレポートに書こうと、心にメモしているのかも?

「あ、あくまで私の場合ですよ?他の女の子は違うと思います」

急いでつけ加えるが、工藤くんは返事をしない。

マズイ。

この調子だと、私を観察して「女子とは…」ってレポートを書きかねない。

工藤くんの素晴らしい頭脳に、女子高生の代表として私がインプットされては困る。

(うーん、言動には気をつけよう)

私はおしとやかに食事を進めた。
< 10 / 70 >

この作品をシェア

pagetop