お試しデートは必須科目〜しなけりゃ卒業できません!〜
駅に着くと、また一斉に人の波が動き出す。

流されるように電車から降りると、私と工藤くんの距離が開いていた。

「樋口」

呼ばれて顔を上げると、工藤くんは左手を伸ばし、私の右手を繋いで歩き出す。

人混みから抜け出しても手を離すタイミングがつかめず、結局大学に着くまで繋いだまま歩いた。

「オープンキャンパスのパンフレットです!」

大学の入り口で渡されたパンフレットを手に取り、ようやく私達は手を離す。

思わずパンフレットで扇ぎたくなるくらい顔が火照っていた。

「樋口、どれに参加したい?キャンパスツアーとか?」

パンフレットに書かれたスケジュールを見ながら、工藤くんが聞いてくる。

「んー、キャンパスツアーはいいかな。自分で自由に見て回りたいから。あ、この模擬講義は聴きたい。あとは、部活とサークル見学もいくつか」

「え、樋口って何か部活やりたいの?今は帰宅部だよな?」

「うん。中学の時はソフトテニス部だったの。高校は受験に専念したくて入らなかったけど、またやりたいなって思ってて」

「へえー、知らなかった」

「工藤くんは?何かやってたの?」

「小学校の時からサッカーやってた。高校は、樋口と同じ理由で帰宅部だけど」

サッカー?!と、私は意外な返事に驚く。

「工藤くんが、サッカー?なんかちょっと、想像つかないんだけど…」

「あ、今、たいして上手くない俺を想像してるだろ」

「うん。…って、あ!ごめんなさい」

「ははは!いや、いいよ。多分、樋口の想像よりは上手いと思うよ?」

「そうなんだ!いつか見てみたいな、工藤くんがサッカーやってるところ」

そんな話をしながら、まずは時間が合う模擬講義の教室に向かう。

「わあ、広いね」

「ああ」

階段状の長いテーブルの席に並んで座り、マイクで講義をする教授の話に耳を傾ける。

テーマは国際教養についてだった。

「樋口って、文学部志望だっけ?」

20分程の短い講義のあと、教室を出ると工藤くんが尋ねてきた。

「文学部にこだわってる訳ではなくて、できれば将来英語を使った仕事がしたいの。だから、大学によっては国際コミュニケーション学部とか、要は国際系の学部に行きたいなって」

「なるほど」

「でも具体的にどんな仕事がしたいかは漠然としてて…。卒業後のビジョンが見えてないから、そんなのでいいのかなって焦ってる」

「今はそれでいいんじゃない?だって、可能性を広めるのが大学だからさ。ガチガチに意思を固めてから学ぶのもいいけど、ある程度フレキシブルに頭を柔らかくして知識を吸収してから、進む道を決めるのもいいと思うよ」

私は工藤くんの言葉をじっと頭の中で噛みしめる。

「そっか、そうだよね。ありがとう!なんだか気が楽になった。楽しみだな、大学生生活。学びたいことたくさん!」

ふふっと笑うと、工藤くんも穏やかに微笑んでくれる。

「その為には受験勉強、がんばらなきゃね!」

「ああ、そうだな。お互い夢の為にがんばろう」

「うん!工藤くんもがんばってるんだって思うと、なんかやる気が湧いてくる」

「そうか?」

「そうだよ。頼もしい戦友だね」

二人で他愛もない話をしながら、キャンパスを歩いて回る。

すれ違う大学生達がキラキラと輝いて見えた。

学食で安くて美味しい定食を食べると、購買部に行き、工藤くんは並んだ本をじっくり眺め始めた。

「大学のテキストってすごいな。こんなの本屋さんで見たことない」

「教授が書いてる本だもんね。気に入った本があれば、それを書いた教授が講義してる大学に行くっていうのもアリかな?」

「ああ、もちろん。この教授がいるからって理由で志望校を決めるのも、立派な志望動機だよ」

「そうだよね。私、興味のある本、色々読んでみる。それにしても、工藤くんといると、やるべきことや自分の考えがはっきりと見えてくる気がする。色々ありがとう、工藤くん」

「いや、そんな。こちらこそありがとう。俺も樋口から良い刺激をもらってるよ」

「そうなの?だといいけど」

私達は広いキャンパスをのんびりと見て回った。

カフェテリアで休憩し、行き交う学生達を見ながらなんとなく口を開く。

「私、大学生活は誰とどんなふうに過ごすんだろう。工藤くんとは同じ大学に行かないし、工藤くんよりも2年早く社会に出るんだよね。今はこうして一緒にいるけど、来年の今頃はもう私は工藤くんと接点もなくなるんだろうな」

ついこの間までは、同じ学校にいながらしゃべったこともない相手だったのに、と私は不思議な気持ちになる。

ふと隣を見ると、工藤くんはじっとうつむいて手にしたコーヒーカップを見つめていた。
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