お試しデートは必須科目〜しなけりゃ卒業できません!〜
「工藤くん」

そっと呼びかけると工藤くんは顔を上げて、私を見るなりにっこりと笑う。

「結衣、卒業おめでとう」

「あ、ありがとう。工藤くんも、卒業おめでとう」

「ありがとう…って、結衣?目、真っ赤だぞ?」

顔を覗き込まれて、私は急にあの時の気持ちを思い出した。

「そうだ、工藤くん!ひどいよ、もう。どうしてあんな…」

そこまで言うと、またしても涙が溢れてきた。

「胸が痛くて苦しくて、大変だったんだからね?!私のこと散々泣かせて、それなのに抱きしめに来てもくれなくて。バカバカ!工藤くんのバカ!」

泣きながら工藤くんの胸をグーで叩く。

「いてっ。結衣?ごめんって。ほら」

工藤くんは、暴れる私を大きな腕でギュッと抱きしめる。

「ステージの上から泣いてる結衣が見えて、すぐにでも飛んで行きたかった。抱きしめて頭をなでて、優しくキスしたかった」

そう言ってから、すれば良かった?と聞かれて、私は目をむく。

「ダメ!」

「あはは!そう言うと思ってがまんした。でも、もういいだろ?」

そう言うと工藤くんは、そっと私の頭をなでて顔を寄せる。

「ダメだってば!ここ、学校だよ?」

思わず工藤くんの頬を手で押し返す。

「ええー?もう卒業したからいいでしょ」

「なに言ってんの、卒業しても学校は学校だよ。それに…」

私はちらりと昇降口を振り返る。

扉から顔を覗かせていたみんなが、慌てて隠れるのが見えた。

「ん?なにあれ」

「なにって…。工藤くんがあんなことするからでしょ?」

「あんなことって?」

「みんなの前で、その…。私に声かけたりするから」

「は?それがどうかしたのか?」

「もう!工藤くん、女心が分かってなさすぎ!」

私はますます憤慨する。

「よく分かんないけど、そんな怒るなって。せっかく結衣の可愛い制服姿を、最後にしっかり見ておこうと思ってるんだからさ」

うっ…、と私は言葉に詰まる。

またしても私のご機嫌は、工藤くんの甘い言葉でコロリと直されてしまった。

「ちょうどいいから、写真頼もう。誰かシャッター押してくれる?」

工藤くんが声をかけると、わらわらと昇降口から女の子達が出て来た。

「はーい、喜んで!」

「ほら、二人並んで」

「あ、工藤くん。肩抱いてあげてよ」

は?いや、あの…と戸惑う私を尻目に、女の子達はなぜだか自分のスマートフォンを取り出してパシャパシャと何枚も写真を撮る。

「いいですねー。じゃあ今度は二人で見つめ合って」

え、ええ?と尻込みしていると、結衣、と工藤くんに呼ばれた。

咄嗟に視線を上げると、工藤くんは優しく微笑んで私を見つめる。

「きゃー!すてき!そのままそのまま」

まるでブライダルフォトのように、そのあとも色んなポーズを要求される。

私よりも、撮影している女の子達の方が遥かに盛り上がっていた。

「この写真、あとでたーくさん転送するからね!」

「あ、ありがとう…」

じゃあ、あとはお二人でごゆっくり、とみんなは手を振って帰っていった。
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