お試しデートは必須科目〜しなけりゃ卒業できません!〜
第十六章 私達、お試しデート婚です!
「結衣ー、そろそろ行くよ」

「はーい、今行く」

パタパタと玄関に向かうと、工藤くんが目を見開いた。

「結衣、走るなってば。転んだらどうする?」

「大丈夫だって。これくらいで転んだりしないわよ。お医者様なのに大げさだなー」

「大げさじゃない!結衣とお腹の子に何かあったらと思うと、俺はもう気が気じゃなくて…」

「はいはい。ほら、早く行こう」

月日は流れ、私達は28才になっていた。

工藤くんは総合病院で小児科医を、私はフリーランスで翻訳の仕事をしている。

以前は外資系企業で働いていた私は、去年工藤くんと結婚したのを機に、忙しい工藤くんをサポートしたくて働き方を変えた。

そして今、私のお腹の中には大切な赤ちゃんがいる。

ちょうど妊娠7ヶ月に入ったところで、工藤くんの勤め先で出産する予定だ。

今日は健診に行く為、工藤くんの運転する車で一緒に連れて行ってもらうことになっていた。

「忘れ物ないかな、母子手帳も持ったし。あ、待ってて。リビングのテレビ消してなかった」

「いいよ、俺が消してくる」

そう言ってリビングに向かった工藤くんは、なかなか戻ってこない。

様子を見に私もリビングに向かった。

「どうかした?」

「うん、ほら。あの10年前の、政府のハチャメチャ政策についてやってる」

朝の情報番組で、アナウンサーがフリップを指しながら解説していた。

「10年前に一部の高校で始まった課外活動、いわゆる『お試しデート』ですが、10年の試用期間を経て、新年度からいよいよ全国の公立高校で必須科目となることが決まりました」

へえー、と私は驚きの声を上げる。

「あの政策、まだ続いてたんだ。全国の公立高校でって、ちゃんと受け入れられるのかしら。大丈夫かな?」

「そうだよなぁ。そもそもあの政策の成果って、あったのかな?」

「どうだろね?話題にもならないから、てっきり失敗に終わったのかと思ってた」

「だよな、俺の周りでも聞かない」

散々言ってから、私達はハタと気づく。

自分達こそ、その政策のおかげで結婚できたことに。

「ま、まあ、ごく稀に良い結果に繋がることも、あるかもね?」

「そ、そうだよな。色んなカップルがいる訳だしな」

私達は、あはは…と乾いた声で笑ってから、テレビを消してリビングを出た。

「さてと!今日もエコーで、可愛い赤ちゃんに会えるぞー」

「ええ?!また診察室に一緒に入る気なの?」

「もちろん。だって俺と結衣の赤ちゃんだぞ?二人で一緒に見守らなきゃ」

「そうだけど…。恥ずかしいんだもん。工藤先生、メロメロですねーって看護師さんに笑われるし」

「なんとでも言ってくれ。さあ、赤ちゃん。出かけますよー」

「ちょっと!お腹にチューしないで」

「いいだろ?赤ちゃんは結衣みたいに、キスしたらダメ!って言わないもん」

「言わなくても、きっとお腹の中で呆れてるわよ」

「じゃあ、結衣にキスしていい?」

「どうしてそうなるの!ダメ!」

何年経っても変わらないやり取りをしながら、私達は仲良く手を繋いで玄関を出た。
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