王族の婚姻に振り回された聖女ですが、幸せを見つけました
 聖女の仮面を被り続けることは、素の自分を隠すことと等しい。国民が望む聖女であろうと、いつも緊張の糸を張っていた。当然、自分自身を大事にできる余裕なんてない。
 そのことに気づき、急に足場が崩れた心地になった。

「今のクレアは、自分を大事にできてる?」

 小さい子に言い聞かせるような優しい声なのに、その言葉はクレアの心に深く刺さった。何も言い返せないでいると、ぽんと彼の手が自分の頭に乗せられる。

「仕事に全力で頑張るのもいいけど、たまには息抜きも必要だよ」
「……そう、よね。うん、その通りだわ」
「じゃあ、決まりだね。善は急げだ。早速、行こう」

 少し迷った末に、リアンが差し出す手に自分の手を重ねる。
 ひんやりと冷たい感触に内心ドキリとするが、嬉しそうに微笑むリアンの手前、この驚きは胸の内に隠しておかねばならない。

「いってらっしゃいませ、聖女様。ご無事のお戻りをお待ちしております」

 穏やかな声に反射的に顔を上げる。すると、クレアを安心させるように小さく頷かれた。
 行っておいで、ということだろう。

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