王族の婚姻に振り回された聖女ですが、幸せを見つけました
 栗色の髪は落ち着いた色で、いつもの輝きはない。
 けれど、意外と悪くない。見慣れない髪色なのに不思議と馴染んでいるように思う。

(ふふ、なんだか魔法使いに変身させられた気分……)

 いつも下ろしている髪を後ろで一つでくくり、聖女が着る純白のローブではなく、リアンが用意してくれた旅人用の茶色のマントを羽織る。これで一目でクレアだとわかる者はいないだろう。
 腰の位置まで伸びきった草をかき分け、獣道のような道を抜けると、時計塔近くの外壁の近くに出た。時計塔は貴族街と下町の境目にあるので、思ったより目的地は近い。

「まず、どこに行きたい?」

 裏門に向かいながらリアンに問われ、クレアは逡巡する。
 今日のお忍びは思ってもいなかった展開だったので、正直なところ、まだ心の準備ができていない。ここしばらく、ろくに顔を見せなかった家族にいきなり会いに行くのは少々ハードルが高い。
 答えに窮していると、リアンが明るい声で続ける。
 
「じゃあさ、前に働いていた職場の近くでも行ってみる? 近くに新しいパン屋がオープンしたんだよ。焼きたてパンのいい香りで、行列ができるくらい人気なんだって」
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