王族の婚姻に振り回された聖女ですが、幸せを見つけました
 現実逃避を始めていると、ふと、ジュリアンの右手がクレアの頬を優しく包み込むように触れてきた。武骨な手はまさしく大人の男の人のもので、子供だと思っていた少年が成長したことを自覚するには充分だった。
 繊細な硝子細工を触るような手つきと、焦がれた眼差しに射抜かれ、心臓の音がさらに大きく鼓膜を揺さぶる。耳鳴りのように自分の鼓動が耳元で聞こえる。
 と、そのとき。角張った指先がクレアの唇をそっとなぞった。

「……っ……!?」

 彼の親指が少し触れただけだ。唇同士が重なったわけではない。
 それなのに、なぜか悪いことをしている心地になり、羞恥心から頬に熱が集まってくるのがわかった。
 自意識過剰だ。そんなことはわかっている。それでも否応なく意識してしまう。だって、目の前には美貌の王太子がいるのだから。そして、目の前の男は未来の夫だ。
 ということは、いつかは恋人のように仲睦まじく触れあうこともあるわけで。

(むむむむ無理! そんなの心が耐えられない!)

 胸を張って言えることではないが、恋愛経験はない。
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