王族の婚姻に振り回された聖女ですが、幸せを見つけました
 クレアはゆっくり振り返った。途中で走ったのか、先ほどはしっかり留めてあった首元の第一ボタンが外れている。そこから覗く喉仏を見てしまい、羞恥心に火が灯る。
 見てはいけないものを見てしまったような罪悪感が膨れ上がり、視線を足元に落とす。景観を損なわないようにきれいに刈られた芝を見て、唐突に気づいてしまった。

 彼にとって自分は何なのだろう、と。

 こうして逃げ出したクレアをわざわざ追いかけて愛を囁く姿を見る限り、気持ちを偽っているようには見えない。恋愛事の経験はないが、彼の言葉は信用してもいいと思う。
 けれど、その気持ちのたどり着く先は、果たして今までと何が違うのだろうか。好きだからと愛を囁きながら結局、クレアをまた縛り付けるのではないのか。自分の手元に置いておくために。
 それではまるで、自分はお気に入りのアクセサリーのようではないか。

「……どうしたの?」

 暗い顔をしたクレアを気遣うように、ジュリアンが屈んで視線を合わす。
 自分を案じる神妙な顔つきに緊張していた心が少しほぐれ、言うつもりはなかった言葉がそのまま口から出てしまう。

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