王族の婚姻に振り回された聖女ですが、幸せを見つけました
 下町には、貧民街と呼ばれる下級層の人間が暮らす場所がある。
 治安が悪いから絶対に近づかないように、と護衛から散々言い含められてきた。時に違法な取引現場になることもあるという。
 王宮という温室でぬくぬくと育った自分とは縁のない世界。今になって理解する。これまで、自分は何重にも大事に守られていたのだと。
 子供の体では満足に抵抗もできない。自分は一体どうなってしまうのか。
 恐怖ばかりが頭の中を占めていく。
 ふと、男の足が止まった。ああもうだめだ、と思ってギュッと目をつぶる。だが丁寧な手つきで下ろされたのは木製の椅子だった。きょろきょろと周囲を見渡し、あれ、と首を傾げた。
 食べかすが散らかっている不衛生な集会所を予想していたが、比較的きれいな店内だ。食事処なのか、中央に大テーブル、窓際に小テーブルの客席がある。鼠はいないし、変な臭いもしない。清掃も行き届いている。
 男が「女将ー!」と叫ぶと、奥の台所から年配の女性がやって来た。くたびれた服にエプロンを着て、いかにも庶民といった装いだ。

「もう店じまいなんだけど。……ちょっと誰よ、その子」
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