環境が最悪なので推し活してたら推しから溺愛されることになりました
「美知華さん! 俺ずっと探してたんだ。前の取材の時、本当にありがとうございました!」
 深く頭を下げ、高校球児並に綺麗な一礼をアクアは見せる。
「前の取材……?」
 確かに美知華は『イケリウム』の取材を担当するのは二回目だ。前回は今より全然『イケリウム』の人気が無い時だったことは覚えている。
 ただ、それ以上に何かがあったかが少しも思い出せず、美知華は少し焦った。
 それを突くように、舞衣が声を張り上げた。
「えぇ~? 先輩、せっかくアクアくんがお礼言ってるのに忘れちゃったんですかぁ?」
「そ、それは……」
「それって広報として担当した相手のこと忘れてるってことにも繋がるし、普通に酷くないですかぁ?」
「おい」
 舞衣の甘ったるい声をねじ伏せたのは、アクアの低い声だった。
「俺は美知華さんと話してるんだ。それにこの話は俺と美知華さんのものなんだから口出ししてくんな」
 あまりにもハッキリとアクアはそう言い切った。言われた舞衣は固まっている。
 大人としての対応としてはよろしくないかもしれないが、美知華は正直胸がスッとした。
「あの、覚えてなくてごめんなさい。私……」
「いいのいいの美知華さん。あ、じゃあ撮影終わったら教えるから、待ってて!」
 まるで恋人にでも向けるような言い方をして、アクアはウィンクを美知華に向けた。
 それはもう完全にファンサなのである。
(ちょっ、ちょちょちょ! これ私、撮影終わるまで心臓持つの!? 前回の撮影で何かあったっけ? っていうかアクアくんに『美知華さん』って呼ばれるなんて思ってなかった。あぁ~、頭の中整理したい!)
 あんなにも推しの前ではしっかりとした社会人でいようと思ったのに、こんなことってあるだろうか。
 しかもアクアは、前回の撮影のことで何かあるらしい。
 こんなことをされては、美知華だって自然と撮影後に期待をしてしまう。
 そうして頭の中を冷静なものにしようと必死な美知華の向こうでは、カメラマンから称賛される『イケリウム』の姿があるのだった。
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