蕩ける愛であなたを覆いつくしたい ~最悪の失恋から救ってくれた年下の同僚に甘く翻弄されています~
 「二層にわかれているほうが見た目はいいけど、混ぜないとただのビールとキュラソーだから」

 わたしのグラスに手を伸ばしたとき、一瞬、彼の脚がわたしの脚に触れた。
 どきりと心臓が跳ね、わたしはさりげなく座りなおした。

 その素振りに気づいたのか、気づかなかったのかわからない。
 彼はただ微笑みを浮かべて「どうぞ」とグラスを手渡してくれた。

 「あらためて乾杯」
 「あ、飲みやすい」
 「けっこういけるでしょう」
 「うん」
 
 カクテルの後、残っていたワインも飲んだ。

 お酒に強くないのに、少しでも彼と一緒にいる時間を引き延ばしたくて、つい許容量を越していた。

 アルコールが回ってきて、視界がぼやけてくる。
 そして酔いにまかせて、彼の端正な横顔を見つめつづけていた。
 
 見られていることに気づいた浅野くんが、顔を向けてきて、視線が絡まる。

 「そんな、とろんとした目をして……ガード甘すぎなんだけど」

 彼は小さくため息をついてから、少し落とした声音で囁いた。
 「梶原さん」

 ただ、名前を呼ばれただけなのに。
 どうしてこんなに心臓がばくつくんだろう。

 「なに?」
 自分の声なのに、遠くで響いているように聞こえる。

 浅野くんは手にしていたグラスをサイドテーブルに置いた。
 それからもう一度、さっきより深くため息をついた。

 白々しいほど(なご)やかだった空気が急激に濃度を増した、気がした。

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