プラタナスの木陰で
第3章

 ゼミだったのでキャンパスに向かう。あたしは、大学中の噂だった。夜中に危なそうな男と歩いてたとか、ネットであたしの裸の写真が出回ってたとか。あたしはあばずれで何人も男を手玉にとってるとか。
 誰もあたしに挨拶なんてしない。プラタナスの並木道が影をおとし、あたしの影とつながる。秋のさわやかな風が、あたしを包む。
 「あ、汐里さん。こんにちは」あたしに1人だけ声をかけた男の子、それが知基くんだった。へえ。しらないんだ、あたしのこと。
「こんにちは、知基くん。大学はなじめた?」
「まあぼちぼちっすね。汐里さん今からゼミですね。まだちょっと時間ある」
「うん」すると、風が起こって、プラタナスの枯葉が落ちてきて、あたしはそれを手で受け止めた。
「葉っぱ。綺麗ですね」知基くんが言った。
「うん。プラタナスの葉だよ」
「プラタナス?」
「すすかけ、ともいうよ」
「そうなんだ!汐里さんって物知りですね」知基くんはあたしに笑いかけた。

あたしは魂の焼けるような眼差しで、知基くんをみつめた。あたし自身も何を思ったのか、何を考えたのか、わからなかった。ただ、彼を求めるあたしの中のなにかが、あたしにそんな眼差しをおくらせたのだ。
「どうしたんですか?」
「え?あ、ああ、えっと、葉っぱ、すごいね」
「ですね。……変なこと言いますけど、今朝生まれた赤ん坊と、落ちている枯葉には同じ意味があると、僕は思います」何を言いたいのか、何かをわからせたいのか、わからなかったが、知基くんの不思議な哲学に、あたしも参加することになった。
「そうなんだ。じゃあ、銀杏の実をつけるイチョウに価値はあるかしら?実は堕ちて腐りかけているのを踏まれる。そうしてみんなから厭われる。銀杏はね、知基くん。雌(めす)の木が落とすの。本当は道には、銀杏を落とさない、雄(おす)の木しか植えないんだけど、間違って雌の木が混じることがあるんだって。迷惑じゃない?」
「樹のせいじゃないでしょう。それは、樹が生きているということの証ではないですか?」
「……そうだね。和樹くん、私も変なこと言っていい?」
「どうぞ?」
「私って何のために生きてるんだろうね」
「え?うーん、そうですね…人生は、いつから、手元にあるのか?いえ、人生など、最初から手の中にありません。手に負えない代物です」
「そっか。私はね、償いなんだ。私が私である、償いを、させられてるの」
「何のことですか?」
「なんでもない」そして、知基くんは、また話を聞かせて欲しい、と云った。

秋が深まっていた。冷たい風があたしたちを吹きつけていた。そして、知基くんは、コーヒー、飲みません?と言った。あたしたちは学食に向かうことにした。
 あたしと知基くんは、少しずつ
学内で立ち話をするようになった。知基くんは、あたしのことをあばずれ扱いせず、知性のある1人の人間として扱ってくれた。

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