侯爵様の愛に抱かれて。〜大正溺愛華族譚〜

第1話

 世は大正時代。華族と呼ばれる階級の者達が華やかな暮らしをしていた時代の事。

「はあ……」

 ここは大波家屋敷。帝都の近郊にある華族・大波家の屋敷である。
 大波家の爵位は子爵。元は武家である大名家の右腕的存在だった由緒正しい家柄である。
 そんな大波家の屋敷の中庭近くの廊下をせっせと水拭きしているこの女性。名は大波葉子(ようこ)と言う。屋敷の女中と同じ地味な紺色の着物を着た葉子。束ねた髪も少し乱れかかっている。
 
「よいしょ……」

 すると葉子の後ろから赤い豪華な着物を身に纏った令嬢がドスドスと歩いてくる。彼女は葉子を見つけるやいなや眉を潜め嫌そうに口を開いた。

「ちょっと! 私の目の前で掃除しないでよお姉様!」

 彼女の名前は綾希子(あきこ)。葉子の異母妹にあたる。
 実は葉子は大波子爵と彼が贔屓にしていた芸者との間に生まれた子だが、対して綾希子は正妻との間に生まれた子である。葉子の母親は葉子が幼い頃に結核にかかり世を去った為に子爵が葉子を引き取ったのだった。
 しかし、子爵の正妻と綾希子はその事をよしとせず、特に子爵が留守の間を狙い葉子をいじめたりいびったりしているのだ。子爵の正妻は妾の存在は許してはいるが、それはあくまで自分が紹介した妾でなければならない。という考えがあるようだ。
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