侯爵様の愛に抱かれて。〜大正溺愛華族譚〜
「申し訳ありません、月のものが来た女中がこの廊下を汚したというので……」

 葉子は綾希子に事実を述べ、丁寧に謝った。綾希子は葉子を見下ろしていたが、やがてゆっくりとかがみ、葉子に目線を合わせると彼女の頬を思いっきり平手打ちした。
 あまりの勢いに葉子は思わずその場に倒れ込んでしまうが幸いにも水が入った桶は無事だった。

「嘘つかないでよ! どうせのろまなお姉様がやらかしたんでしょ!」
「……っ」

 葉子が何も言い返せないでいると、綾希子は舌打ちをして立ち上がりその場から早足で去っていった。
 綾希子がいなくなったのを確認した葉子はその場で大きくため息を吐く。

「はあ……」
(かわいそうな人。早く縁談がきまって嫁いだらいいのに)

 心の中で綾希子への愚痴を零した葉子。廊下の水拭きを終えると桶を持ちその場から立ち去り、当の女中に掃除をした事を報告したのだった。
 
「ごめんなさいね、葉子さん」
「いえ、いいの。あなたはゆっくり休みなさい」

 女中は月のものによる痛みが酷く、女中が寝泊まりしている区画にある部屋で寝込んでいた。彼女は仕事をすると言って聞かなかったが葉子の勧めに応じ、休んでいるのである。
 彼女の顔色は真っ白で、血の気も引いている。
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