侯爵様の愛に抱かれて。〜大正溺愛華族譚〜
 その人物は洋館の維持清掃を担っている男性だった。

「なんだ?」

 正則が速歩きで彼の元に向かう。

「大波子爵家のご令嬢が、舞踏会には来るのかと」
「……いや、いかないと伝えてくれ」
「わかりました」

 いかない。と正則が告げたのは勿論場の混乱を防ぐ為の嘘である。男性がその場から去って十数分程経過すると今度は屋敷の女中が正則の元に歩み寄る。

「旦那様。大波子爵家の綾希子様よりお電話にございます」
「……はあ。わかった」

 正則はため息を吐きながら電話の受話器を取った。その様子を葉子は後ろから心配そうに見守る。

(お嬢様から電話だなんて。もしかして私達の事が既にバレているの?)
「もしもし。紀尾井坂だが」
「紀尾井坂家のご当主様ね? 今日の舞踏会にはおいでになるのかしら?」

 先ほどの男性と同じような質問をする綾希子。正則も同じようにいかない。と嘘を告げた。

「ならお電話でお伝えさせて頂くわ。私、あなたの縁談をお受けしようと思いますの。妾でも全然構いませんわ」
「え? 縁談を受ける? 妾でも構わないと?」

 綾希子の突然の申し出に、正則をはじめ葉子達その場にいた全員が凍りついた。
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