侯爵様の愛に抱かれて。〜大正溺愛華族譚〜
 正則は葉子の左肩に手を添え、周囲を見渡しながら声を張り上げる。

「私・紀尾井坂正則は子爵家の大波葉子さんと結婚する事に決めた!」

 正則の高らかな宣言に集まっていた人々は驚きの声を上げる。

「大波葉子って誰?」
「大波子爵家の人って言ってたけど……」
「綾希子さんと何かご関係でもあるの?」

 次第に周囲の目は綾希子と母親である正妻に向けられ始める。


「ああ、子爵と芸者との間に生まれた娘さんらしいな?」
「本当? 綾希子さんを差し置いてどうして?」
「ええ……幾らなんでもそれはないんじゃない?」

 がやがやという雑音。葉子は内心恐怖に近い感情を抱き始めている。

(針の筵って感じがする……)

 そしてこの状態で綾希子は何かを思いついたかのように正則と葉子の元に近づきながら皆さん! と声を荒げる。

「この方は私のお姉様です! お姉様は正則様を誘惑し正則様を手に入れたのです! 私は妾でも良いと正則様にお伝えしたのですが……!」

 綾希子は両手で顔を覆い、ううっ……と泣き始めた。いや泣くフリをし始める。
 彼女の演技につられる者がパラパラと出始めた。

「何よそれ……正則様が悪女に騙されてるって事?」
「紀尾井坂のご当主様! あなたは騙されています。目をお覚ましになって!」
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