侯爵様の愛に抱かれて。〜大正溺愛華族譚〜
「お待ちください!」

 そう叫ぶような声を出したのは正妻だった。彼女はすたすたと正則の前に現れ、なんとその場で土下座をした。

「うちの子をどうかお迎えください! 大波家の為にもお願いします」
「葉子がいるではないか」
「その子は正妻である私の血を引いておりませぬ!」
「だが、子爵の血は引いているではないか。正妻も妾も関係ない。それにあの芸者は花司家の血を引くものだぞ?」
「え?」
「知らなかったのか?」

 きょとんとした正妻と口を堅く閉ざしている綾希子、そして事態が飲み込めないでいる周囲の人達へ向け、正則は葉子のその母方の血筋について詳しく説明を始める。

「……という事だ。理解できたか」

 懇切丁寧に説明を終えた正則はいら立ちと呆れた感情を押さえながら綾希子と正妻に向けて語る。

「はあ……そんな、そんな事が」
「血筋で言えば正妻や綾希子よりかは上かもしれんな」
「でも、それも正妻の子ではないじゃあないですか! 正妻の子でないと!」
「それがなんだ。昔、将軍家や大名家、公家は側室の子が跡取りになっていた事例は幾らでもある。正妻がどうした。子爵が決めればよい事ではないか。正妻との子かどうかではなく、その子が人として立派で優れているか否かが大事ではないのか? たとえ正妻の子であっても、その子が人を虐めるような悪人だとしたら、跡取りにはふさわしくない」
「そ、そんな……!」
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