侯爵様の愛に抱かれて。〜大正溺愛華族譚〜
 葉子達は急いで残っていた食事をかきこむとお膳を下げて彼女達を迎えに玄関まで小走りで向かう。

「おかえりなさいませ、奥方様。お嬢様」
「はあ……ただいま」

 綾希子と正妻の機嫌は明らかに悪い。すると新人の女中が2人の顔を見るや否や何があったのですか? と口を開く。

「……全部お母様が悪いのよ」
「だから私は知らなかったって言ってるじゃない!」
「だって! 紀尾井坂様の奥方って条件ってお母様が言ってたじゃない! なんで妾なのよ、奥方と妾は全然違うのに!」

 と、2人は玄関でいきなり喧嘩を始めたのだった。

(何があったんだ……)

 彼女達の言い合いをまとめてみる。
 どうやら正妻は綾希子の縁談を受けていたようだ。相手は紀尾井坂正則様。侯爵・紀尾井坂家の若き当主様だ。文武両道で見目麗しい方だと評判の高い人物である。
 しかしこの縁談の話は正妻ではなく妾としてのものだった。勿論綾希子が妾条件の縁談など受けるはずがない。今日の夜会でその事が露見し綾希子は母親である正妻へ腹を立てていたのだった。
 更に正則様は独身で奥方はいない。綾希子は本気で彼の元へ正妻として嫁げると思っていたようであった。今日の夜会までは。

(はあ、どっちでもいいからさっさと嫁いでくれたらいいのに)

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