侯爵様の愛に抱かれて。〜大正溺愛華族譚〜
「嫌よ、出てって。援助するだけならこの家にいなくても出来るでしょ」

 そう容赦なく言い放った綾希子を見て、正妻も反論に打って出た。

「そうですよ! あなたが勝手にそのような事をしたからでしょう!」
「また嫉妬か」

 この子爵の小さな、だが確実に正妻の心をうがったその一言に、正妻は黙り込んでしまう。

「離れが空いているだろう。そこを使わせてもらおう」
「別荘なら、1軒まるまる使えますが?」

 正妻はどうしてもゆみをこの家にいれたくないらしい。それは葉子もばっちり理解していた。

「ゆみ、どうする?」
「私はどこでも構いません。奥方様がそう仰るのなら別荘でも大丈夫です」

 ゆみは正妻との争いは避けたがっているのもまた、明白だった。子爵は少し間を置いてから口を開く。

「わかった。ならそのようにしよう」

 子爵はそう言うとゆみの右肩を抱き、大広間から出ていこうとする。それを正妻と綾希子が引き止めに出た。

「あなた! 待ってください! その女なら女中が別荘まで連れていけば良いではありませんか!」
「そうですお父様! 行かないでください!」

 綾希子はさっきまで怒っていたのが嘘のように、涙をぽろぽろとこぼしながら子爵を引き止めようとしていた。
 どうやら葉子からは嘘泣きに見えていたようだが。
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