侯爵様の愛に抱かれて。〜大正溺愛華族譚〜
 その言葉通り、翌日も翌々日も子爵は屋敷には戻って来なかった。綾希子と正妻の機嫌もいつも以上に悪い。

「この役立たず!」

 葉子をはじめ、女中らは2人の八つ当たりを受けながら仕事に当たっていた。
 葉子は腕や背中にあざを作りながらもめげずに女中としての仕事にあたっていたが、心中はもう限界に達しようとしていた。

(出来る事なら逃げてしまいたい。だけど、居場所はここ以外に無いし……)

 ある日。葉子は買い出しに向かっていた。町は人々で行き交っていて賑やかだ。

(屋敷の暗い雰囲気とは大違いね)

 葉子が八百屋に向かう途中だった。彼女の身体に帽子を被った男がぶつかってくる。

「わっ」
「っおい! 何ぶつけてんだ!」

 葉子はよろけてその場に倒れ込んでしまう。しかも男は自分が葉子に身体をぶつけたのにも関わらず、葉子に怒りをぶつけていく。

「俺を怒らしたらどうなるか分かるか? まあ、お金払ってくれたら水に流してやるよ。無理なら遊郭にでも売り飛ばしてやろうかなあ!」
「な……!」

 男は乱暴に葉子の肩を掴む。そこに別の男の声が聞こえてきた。
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