引きこもり婚始まりました












(……私、なんでこの人好きになったんだっけ……)


翌日、優冬くんのおかげで、ぐっすり熟睡とはいかないものの久しぶりに心穏やかな朝を迎えたのに。
いつぶりか分からないほどの気持ちのいい朝が、すっかりどこかへ行ってしまった。


「コネ使いすぎでしょ……」


仕事中になぜか応接室に呼び出されたと思いきや、今度は社内まで乗り込んできた春来が偉そうに座っていた。


「コネじゃない。自分の立場と力を有効活用しただけだ」

「……馬鹿なの? 」


最悪だ。
これでもう、社内に噂が広まりまくる。
呼びに来てくれた人が胸に留めておいてくれるとは思えないし、婚約破棄したばかりの相手がプリンスもどきなんて知られたら、さすがの私も普通に仕事できないかも。


「外は人目があるし、家だと優冬がいるんだから仕方ないだろ」

「ここも人目ありまくるんですけど! 寧ろ通行人よりタチ悪いし……! 」

「怒鳴るなって。聞かれるぞ」

「……いっそ結婚流れた経緯、説明してみる? 」


聞かれて困る理由は、私には一つもない。
ただ、結婚決まったって嬉しい噂が広まった直後に浮気された、可哀想な人ってイメージがつくだけだ。
いや、もしかしたら、あることないこと広まるのかもしれないけど。
だとしても、春来相手に黙ってるつもりは毛頭ない。


「こうでもして、伝えときたかったんだよ。お前は悪口だって聞いてくれなかったけど、そうじゃない。……あいつ、お前のストーカーだぞ」

「は……? 」


自分のことを棚に上げて、優冬くんの印象を悪くしたいのは何となく分かるとしても、ストーカーだなんてあんまりだ。


「……あのね……」

「あいつ、今の萌に最高だろ。でもそれ、考えてもみろよ。彼氏の弟、しかも優冬自身だってお前の幼馴染みなのに、ずっと疎遠だったくせに。今頃現れたと思ったら、お前の好みどおりになってるっておかしいだろ」


疎遠だったのは、私たちが結婚目前まで付き合ってたからだ。
好みを知ってるのは、知ろうとしてくれているから。


「別に、私の好みに合わせて成長したわけないでしょ。こじつけだよ。大体、春来の言うストーカーに選ばせて、私の喜ぶものプレゼントしてたってどうなの」


(舌打ちなんて、したことなかったのに)


自分のところに帰って来ないと分かれば、もうどうだっていいんだろうか。
それとも、本性がバレてしまった相手に、もう一度演技をしようという気にはならないのか。
どっちにしたって悲しかった。


「言っとくけど、優冬くんは何も言ってないよ。私が気づいただけ……」

「……な、わけないだろ。優冬がお前を騙せないはずない。萌が気づいたってことは、あいつがそう仕向けたんだ」


元々そんな人だったことも、私に演技してたことも。
もう演技をやめたことにも傷ついてるなんて、それだけは顔に出さないように言ってみせたけど。


「何言って……優冬くんが何の為にそんなこと」

「俺を陥れて、自分の株を上げる為に決まってる。優冬をただの気弱な優しい弟キャラだと思ってると、酷い目に遭うぞ」

「……兄に酷い目に遭わされたばかりでそんなこと言われても、説得力ないんですけど」


いくら何でも考えすぎだ。
第一、何にしても事実が明るみに出ただけ。


「分かってるよ。言えば言うほど印象悪くなるって。それでも、お前があいつに良いように動かされるのは嫌だ」


心配してくれているのか。
弟にだけは、奪われたくないというエゴなのか。
分かりたくもないし、話にならない。


「もう、気弱な弟だなんて思ってないよ。頼もしくなったっていうか……知らなかっただけで、ずっとそうだったんだなって思った」


春来は浮気性でクズかもしれなくても、悪人ではない……と思う。
もしかしたら、本気でそう思ってるのかもしれないし、私だって優冬くんのすべてを知ってるわけじゃない。
幼馴染みなんてカテゴリーは、何の意味もなさないって学んだ。

――二人とも、とっくに男の人だっただけだ。






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