引きこもり婚始まりました
――で、結局こうなりました。
(……エコバッグとか持ってればよかった)
買い物の予定も、まさか急にリモートワークを勧められる予定もなかったから仕方ないとはいえ。
何だか行き当たりばったり、考え足らずの人生だと言われてるみたいなことばかり起きて、しょうもないことでテンションがどーんと落ちてしまった。
いや、人生において結構波乱万丈な出来事だとは思うけど、春来の台詞が馬鹿馬鹿しくて、いいのか悪いのか不幸に浸ることもできなくなってきた。
(荷物取りに行くだけの為に出社なんて、それこそゴシップのいいカモだし……)
捨ててもいいものは捨てて、使いそうなものだけ持って帰るしかない。
PCの持ち出し申請やら何やら、いろいろと手続きを終えた頃には馬鹿馬鹿しさがネガティブ思考を超えて、無の境地に達しようとしていた頃。
『今日終わったら、たまには外食しない? 』
優冬くんから、そんなLINEがきた。
ストーカーとか絶対にあり得ないけど、落ち込んだタイミングに本当に気遣ってくれる。
でも、さすがに荷物を持ってウロウロは難しいかも。
どうせ帰ったら言うつもりだったんだし、ほぼ強制リモートになったことを伝えると。
『それなら、迎えに行く』
察してくれたのか、深く聞かれることはなかった。
こういうところ、本当にすごいと思うけど、気を遣いすぎて疲れちゃってないかな。
(何か、優冬くんが楽しめそうなことは……)
そうは言っても、確かに優冬くんの家は物が少ない。
まさか、彼の部屋に入るわけにもいかないし、今の好みを知るのは直接聞かないと難しそうだ。
でも、それなりに成長してからはますます話す機会が減ってしまって、子どもと大人の狭間のことすらよく知らない。
私が知ってることといえば、まだ何も考えずに三人で遊んでた頃まで遡らないと――……。
(……あ……! )
・・・
「付き合ってくれてありがと! ……その、いきなり嫌じゃなかった? 」
「まさか。それに、付き合ってくれたのはめぐの方でしょ。……映画、めぐの趣味じゃなかった。俺の為に選んでくれたんだよね」
あれから、優冬くんは気を利かせて会社から少し遠いところで、車で待っててくれた。
「車停めるとこなくて。荷物重いのに、歩かせてごめん」――そんな嘘まで吐いてくれた。
春来の登場直後に、このうえ別の男性といるところを会社の人に見られないようにって心配してくれたんだと思う。
「……バレバレかぁ……」
「ん。お互い様」
昔、某・怪獣ものとか見てたなーとか思い出して。
都合よく映画をこの時間にやってて、結構いい席が取れたから、勢いで誘ってしまったけど。
今の優冬くんがそういうのが好きかも不明だし、誘われたら行ってくれるだろうし、微妙だったかも――……。
「今も、ああいうのたまに見るんだ。でも、知ってのとおりあんまり外出しないから、映画は久しぶり。やっぱり、迫力違うよね」
「……っ、うん。あの……」
「面白かった」
しまった。
これ、完全に私が言わせてる。
強引に誘った挙げ句、感想を、しかも嬉しいやつを強制するなんて。
「めぐが」
「……なんで私!? 」
最悪だ……と思ってたところにジャブを食らう。
「来るって分かってるシーンで、毎回隣でビクビクしてるの面白かったし」
「う……だって、すごかったんだもん」
「うん。だから、面白かったよ」
屋内の駐車場は、少し声が響く。
ハキハキしてて、何でもちょっとオーバーな春来と比べると、抑揚のない柔らかな優冬くんの声。
静かなのに、何だか急にドクンと胸まで貫かれるみたい。
「それに、こういうの新鮮。なんか、こういうThe・デートみたいなの経験なくてさ」
「捻りがなくてごめんね!? 」
声が裏返ったのは、なんてない意地悪のせいか、それとも声変わり前を知ってる彼の低い声を急激に意識し始めたからか。
「楽しいって言ってるのに。っていうかさ」
――デート、は否定しないの?
「え、や、だって……」
「……もっと、したいな。こんなド定番デート」
否定するところなんてない。
そう気づいてしどろもどろになると、拗ねたように言われた。
「……してみようよ。デートといえば、なデート。私が選ぶと、定番すぎるかもしれませんけど」
「面白かったって。……困ったな、予想以上」
急に誘ったのに?
「可愛いことされると、予想以上に……くる。ちょっと……困り始めてきたとこ」
「か、可愛いこととかしてないけど」
「んー、そうかもね」
あっさり認められてガクッとしてるのを、また楽しそうに笑って。
「他の誰かに同じことされても、何とも思わないどころか、気づきもしないかも。……めぐだから、可愛いってだけ」
少しひんやりするくらいだったのに、頬が熱くなったのを自覚したとたん、一気に全身に熱が回ったと思ったら――その熱を確かめるみたいに、すっぽりと抱きしめられた。
「ごめん。……これ、許してもらえる? 」
頷いてはいないのに、囁かれたお礼の理由。
――私、優冬くんの背中に掴まってる。