引きこもり婚始まりました
いろんな意味で、完全に逆上せてる。
水を貰おうとリビングに向かってる途中、優冬くんの声が聞こえてきた。
「……だから、まだ早いよ。ここに来たばっかりだし、春来はちょくちょく現れるし……俺にはあんまり言わないけど、そのせいできっと会社でも嫌な目に遭ってる。これ以上、こっちの都合で利用したくない」
(電話……? おばさん……? )
話の内容が私であることは明らかで、思わず聞き耳を立ててしまう。
「それでなくても、俺はこの状況を利用しまくってる。こんなこと、他に話せる相手もいない、頼れる人もいない状態で口説くなんて、めぐにはちっともフェアじゃない。……それが分かってるのに俺は、やめてあげられないから」
ずっと、負い目を感じてたのかな。
優冬くんのせいじゃないのに。
それを喜んでしまうことに、罪悪感があるのかな。
「春来? 呼ばなくても、また聞きつけて来るんじゃない。パーティーとか好きでしょ。好き勝手に言わせない為なら俺が行くから、めぐは勘弁してあげて。可哀想すぎる……っ」
いつもそうやって、私の知らないところで既に守ってくれてたんだ。
「めぐ……」
そう思うと、ドアに向けていた背中に突進してた。
「行こうよ。パーティー」
「え……。……後で架け直す」
通話を一方的に終わらせると、少し名残惜しそうにこっちを向いて。
「行っても面白くないよ。それどころか、嫌な思いする可能性の方が高すぎる」
「そうかもしれない。でも、優冬くんは行かないといけないんでしょ。なら、私も行く」
一人で行けば、不快度数は上がるんじゃないだろうか。
こんな私でも、少しは役に立つなら。
「“二人で”春来をこてんぱんににするって言ったよ」
不慣れすぎて迷惑も掛けるかもしれないけど、私がいないと春来がふんぞり返りそうだし。
もしかしたら、そんな思いをさせるよりは幾らかマシかも――……。
「……あのね。そんな公の場で俺といたら、戻れなくなるよ。分かってて言ってる? 」
言おうか言うまいか迷ったのは、きっと本当に一瞬。
でも、たとえ一瞬でも迷ったことを責めるみたいに、優冬くんは顔を歪ませた。
「“友達です”とは言えないし、“付き合ったばかりの彼女です”も厳しいかもしれない。何より、俺が自信ないんだ。そんなところで隣にめぐがいて……春来や親戚とか、会社関係の人に囲まれて。その女性が誰かって聞かれたら、“幼馴染み”だなんて言え……」
「……“真剣に付き合ってます”はダメかな。それも弱い……? 」
卑怯な言い方だ。
でも、一緒に行きたいと思った。
「絶対に結婚するなんて、付き合う前から言えないけど……やっぱり、それじゃ側にいるには不十分かな」
「……っ、そんなことない。でも、さすがにそこまでしたら引き返せなくなるよ。俺だって、現実と設定の区別つかなくなる。一緒に住んでるだけでも脳バグりそうになるのに、一度でも彼女のフリとかさせたら……」
優冬くんが本当に私を好きなら、好都合なのに。
この展開を必死で食い止めようとしてくれるのは、私のそんな浅はかな考えよりもずっと、大切に想ってくれているから。
「フリじゃなくなればいい。……よね? 」
――これ以上は、しないから。
自惚れかもしれない。
それでも、私の為にくれた安心材料が優冬くんを苦しめるのは嫌だ。
そう思うのは、抱きしめられて突き飛ばさないどころか指先だけで背中に掴まるような狡い引き留め方をしてしまうのは。
それは、「好き」以外の上に成り立つことじゃない。
春来をああやって非難しながら、私こそ世間体やモラルを気にして認めることができなかった。
「……ん。負けた」
「何に? ……あ、何から何まで好き勝手言ってごめ……」
「何それ。牽制? 本当に素で言ってる? どっちにしても、もう遅いよ」
――俺のなけなしの理性、全部ぶっ壊したくせに。
「お風呂上がりに破壊力上げてそんなこと言って、くっついてきて。狙ってないなんて言い訳、聞きません。それでも、忠告はしたからね。……無視したんだから、諦めて」
「ね、狙ってはなかったけど、言い訳はしな……」
「え、しないの。なんだ、してくれるのかと思ってた」
(〜〜っ、どっち……!? )
そう思ったのも、束の間。
「……残念。そしたら、塞いでやろうと思ったのに」
頬を包んで、少し余った親指がパクパクしようとする唇を塞いで――そっと、適当に髪を乾かして無防備な額に優冬くんの唇が落ちてきた。