引きこもり婚始まりました





けして強引ではないのに、爪先が浮いて着地できず、崩れ落ちてしまいそうだった。
寧ろ、途中私の様子を窺う為に生まれた間に、私の方が焦れてしまいそうなほど優冬くんのキスは優しい。


「……こういうのは嫌……? 」


吐息混じりに尋ねられて、何とか首を振ったけど。
それが「春来と違う? 」の言い換えかもしれないと気づいて、慌ててぎゅっとしがみついた。


「……嬉しいよ」


うっかりすると「気持ちいいよ」と答えてしまいそうになる私は、頭がおかしいのだろうか。
ものすごく嫌な女になった気がして、返答に間が空いたのを優冬くんが見過ごすわけはなかった。
頬を支えてた手が離れそうになって、首の振り方が必死になる自分への嫌悪がますます酷くなる。


「……違う……! 優冬くんじゃない。私が……」


春来への腹いせに、優冬くんを利用してるんじゃないかって。
この気持ちよさや心地よさは、春来に対する優越感から来てるんじゃないかって。
それも、よりにもよって、優冬くんの愛情とか優しさとか、好きな人に向けられる甘さ――純粋な気持ちでできたキスを踏みつけて。


「いいんだよ、それで。俺、最高じゃない? めぐのことが好きで、好きで……春来のことは嫌いどころじゃない。おまけに、浮気した彼氏の弟だ。仕返しするには最高の立場でしょ。……使いなよ、俺のこと」


言わせてしまった。
私が続きを言い淀んだせいで、優冬くんの口で、こんなに最低なのに愛しいと言わんばかりの甘い声で。


「遠慮も罪悪感も要らない。聞こえてたよね。俺だってそれを利用してる。狡いって、好きな人にすることじゃないって分かっててもやめられない。めぐから飛び込んで来てくれて、悩むのもやめた。……もう、やめる気なんかない」


――俺、絶対に君を落とすよ。


「めぐの良心とか、それこそ俺に対する罪悪感とか。俺にしか本心を言えない状況とか。他に選択肢がないから俺の方を向いてるんだとしても、だからこそ起きる錯覚なんだとしても今は構わない。……でも、そこから絶対に落とすって決めてる」


この案が出てから、最初からそのつもりだったのかな。
混乱や悲しみから、私が恋愛感情と区別がつかなくなるのも。
それでもいいって言って、安心させてくれることも。


「泣かなくていいんだって。だって、全部俺の思い通りなんだから。ね、俺こそ最低でしょ。めぐがそんな顔することない。自分を責めることないから」


言われて初めて、自分がまた泣いてることに気づいた。
優冬くんといると、泣いてることが多いな。
春来といた時は、浮気のことがなくてももちろん喧嘩だってしたけど、どっちかというと怒りのパワーが最終的に涙腺を決壊させる感じだった。
こんなふうに切なくて、でも、どこかほっとして――いつの間にか頬を伝っていることは少なかった。
そう比べること自体、最低だとは思う。


「……俺とキスしたら、春来のこと思い出して辛くなった……? 」


自覚したら、止まらなくなる。
涙が綺麗でいられないなんて、最悪だ。
溢れたときには透明なのに、頬を滑って黒く濁っていくようにすら感じる。

だから、触れないで。


「気持ちよかった。そんな自分に嫌気が差しただけ」


厭うことなく優冬くんの指が触れて、泥水としか思えなくなったものを皮膚が吸収して。


「そんなの、尚更自己嫌悪することないじゃん。そのまま気持ちよくなって、俺を喜ばせてたら? 」


私には真っ黒としか思えないものを、優冬くんは綺麗で仕方ないものを見るみたいにふわりと笑った。
軽くも思える台詞だったのに、おかげで切なくてどことなくビターで、なのに、甘く幸せな気持ちになってしまう。


「……ありがと。すごくほっとした」


その言葉どおり、躊躇いがちだったキスが深さを増してく。
合間に「好きだよ」を挟んだりするから、余計に息が上がって掠れた声が聞こえるたび、私の思考能力が低下する。

――そんな私を愛しそうに見つめる優冬くんは、確かに喜んでくれてるように見えた。














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