引きこもり婚始まりました
(……ど、どろぼうねこ……)
ドラマで見ればつい笑っちゃうような台詞だけど、自分宛だとさすがにショックだ。
「……なんで、入れたんだよ……。春来の奴、どこまで阿呆なんだ」
唸るような声は、斜め上から降ってきたものとはとても思えなくて、思わず辺りをキョロキョロしたけど。
「ごめん。空耳にしといて」
そうにっこり笑ったということは、それは優冬くんで間違いないらしかった。
「彼女に聞こえるように言うってことは、俺の耳にも入るって分からないの」
「優冬くん……」
私だけなら、周りも興味津々にはなっても聞こえないふりをしてくれる。
だから、優冬くんにそんなことさせるわけにはいかない。
「……そんなものまでお下がりで、嫌じゃないんですか? 」
(……もしかして)
見ず知らずの私に、そこまで食いついてくるってことは。
――例の相手。
ううん、もしかしたら、彼女は本気だったのかも。
浮気相手だなんて思ってなくて、自分のものを奪われた感覚なのかもしれない。
「……っ、優冬くん、私が……」
だとしても、けして言っていいことじゃなかった。
憎しみが私に向けられるならともかく、それは優冬くんのこれまでを蔑んでいるようで。
「新品でも、欲しくないものは要らない。……それに、随分汚れてそうだしね? 」
最初は、もっと穏便に済ませるつもりだったんだと思う。
前に出ようとする私に優しく笑ってくれたけど、それは逆に強く押し戻されるよりも抵抗できなかった。
「……なっ……! 」
「もしかして、これが全部兄のものだって思ってる? 悪いけど、ここは俺のものでもあるんだよ。そこまで言うんだから、俺の顔も名前も知ってるんでしょう。だから、話があるならいくらでも俺が聞くけど」
私だけじゃない。
今ここにいる、誰もがそうだと思う。
「……で、そっちはどこの誰さんだっけ? 」
――息すら止まったみたいに、動けない。
スッと、怒りさえ消えた瞳を見つめ続けることは、きっと誰にもできない。
私だってそうだ。
優冬くんの袖を摘むので精一杯で、引き戻す力はちっとも入っていなかった。
「……っ」
彼女だって、そこで名乗れるほどの勇気どころか、この場から逃げることすら瞬時にはできず。
優冬くんや周りの冷たい視線をしばらく浴びて、ようやく会場から走り去った。
「……喉渇かない? おいで」
「えっ、でも……」
少し離れた先にはものすごく豪華な軽食が並んでるし、ドリンクを持ったスタッフもたくさんいる。
何より、このまま部屋を出ちゃって優冬くんの立場は大丈夫なのかな。
「持って来させるよ。だから、行こ」
上からな台詞も、きっと計算して言ったんだろうな。
ここではそれが正解で、今後こんな人が現れないようにする為でもあり、自惚れじゃないなら私の為でもあるんだと思う。
「……ん……」
それなら私は、ここでジタバタしてちゃいけない。
優冬くんに守ってもらえて、ほっとしてるって顔して。
だって、事実だ。
隣に優冬くんがいてくれて、すごく安心する。
だから、私も。
(もう二度と、あんなこと言わせない)
このことが知れ渡るなら、せめて。
「お下がり」なんかじゃなくて、優冬くんに奪われたのだと思わせたい。
実際のところ、優冬くんは優しくて誠実で、なかなか奪ってはくれないのだとしても。