引きこもり婚始まりました
(……一体、何部屋貸し切ってるんだろう)
まさか、建物一式なんてことは……とも思ったけど、まさかじゃなくて、普通に有り得そうだと思い直した。
「……ごめん」
「優冬くんが謝ることじゃないよ。嫌な思いさせたの、私の方だもん」
言われたとおり、細いグラスに入ったシャンパンが到着した。
二つ受け取った後はすぐにドアを閉め、優冬くんがようやく口を開く。
喉が渇いたというよりは、まるで話す為には軽い酔いくらいは必要だったみたいに。
「めぐのせいじゃないよ。あれは……」
「……うん。社内の人だったんだね」
だから、春来がこういう集まりに私を呼ぶことはなかった。
(……そりゃ、鉢合わせしたら修羅場だもんね)
肯定はせず、無言で渡されたシャンパンは軽くて飲みやすくて――何かがプツリと切れてしまえば、すぐに酔ってしまいそうになる。
「……何考えてるの? 」
「“泥棒猫なんて、一生のうちにあと何回言われることあるかなー?”」
空元気に見えたのか、少し疑うように優冬くんが問う。
「そこ? あんなの、もう二度とないでしょ」
吹き出して、なぜか私のグラスを取り上げたと思ったら。
「……誰にも、何も。二度と言わせないよ」
――少し強引に抱き寄せられた。
「……うん。私も」
どう考えても傷ついたのは優冬くんの方で、そんな思いをさせてしまったことはすごく悲しい。
「めぐは悪くない。なのに、気が立ってて……」
「当たり前だよ。我慢しなくていいから」
よかった。
優冬くんはいつも穏やかで、私にそんなところ見せないけど。
ううん、意識して見せないようにしてくれてたんだろうな。
でもこれからは、そういうところを見せてくれたら嬉しい。
「続き聞いてから言った方がいいよ。……めぐは悪くないのに」
――こんなとこで、襲いたくなる。
「……それでも、我慢しなくていい? 」
口調は一気に冗談ぽくなったけど、こちらの反応を探るような瞳は真剣だった。
「……きっ……キスまで、でしたら」
「なんで敬語? 」
返答には迷ったけど、答え自体に迷いはない。
だからこそ緊張して変なことを口走ると、いつもみたいに優しく笑ってくれた後。
「もちろん、俺はキスまでのつもりだったけど。……めぐは、迷ってくれたんだ」
(……し、しまった)
そうだよね。
家でだって流したくないって言ってくれた優冬くんが、こんなところで最後までなんてするわけなかった。
それなのに私ったら、何て伝えようか悩んだのまる分かりの間があって、恥ずかしすぎ――……。
「嬉しい。じゃあ、キスまででいいから……許して」
最初からそのつもりだったって言ったのに。
矛盾した言葉を続けて、その先を想像した私に強請るように見つめられたら。
「……ん。ありがと」
――目を瞑る以外、できない。
「だーめ。“キスまででしたら”でしょ。どんなキスかは言わなかったけど、いいって言ったもんね? 」
一度、そっと触れた唇が離れたと思ったら、まるでそれがただの合図だったみたいに深まっていく。
抵抗らしい抵抗はしていないのにそう言われると、何だかものすごく悪いことをされてるみたいで、妙な背徳感が生まれて。
「うん、そう。ちゃんと、襲われてるって自覚して。……それから、俺を呼んでね」
ゾクリとしたのがバレたんだろう、そんな警告までされてしまった。
そう帰宅後のことを揶揄されてしがみつくと、唸り声と溜息が混ざったような音を優冬くんの喉が発して――……。
「こんなところで、よくやれるな」
――その音を掻き消すように、聞きたくない声が響いた。