引きこもり婚始まりました
「……そうだね。でも、そっちの方がすごいと思うよ。俺はこんなとこではその気になれても、誰にでもってわけじゃないから」
皮肉にもならない寧ろ直球な優冬くんに鼻白んだものの、春来が言い返すことはなかった。
「萌」
自分に噛みついてこないことで読めたのか、私の頭をそっと胸に押しつけて見えないようにしないでくれる。
「この前言ったこと、忘れるなよ。早まらない方がいい」
また、その話。
昔から想っててくれたなんて一途すぎるとは思うけど、優冬くんがストーカーだなんてあり得ない。
第一、何もかも春来の浮気が発端となったことだ。
あのまま知らずに結婚してたら、ストーカーも何もできなくなるのに。
それどころか、優冬くんは私が傷つかないように嫌なものは隠してくれてたんだから。
「確かに、早いのかもね。でもそれも私の方で、優冬くんは待ってくれようとしてる」
「俺を忘れる為に手近に行ってるのは分かる。せめて、他にしとけ。恋人として許せとは言えないけど、幼馴染みとして言う。そいつだけはやめといてくれ」
(どんな自信よ……)
せっかく守ってくれようとしてるのに、黙ってなんかいられなかった。
自分を忘れる為に焦ってるなんて、どういう思考回路を辿ったらそこに行き着くのか。
怒りも湧くけど、それを春来らしいと思ってるうちに呆れて怒る気も失せる。
「今更、幼馴染みぶらないで。前も言ったけど、今はただの義兄だよ」
幼馴染みなんて、所詮他人だ。
ただ、他の人よりも長くお互いを知っているだけ。
それも、同じ顔を見続けてたっていうのに。
恋愛感情を再び持つことも、友達以上の幼馴染みに戻ることももう無理だ。
「俺とまた付き合えなんて言ってない。……優冬はやめた方がいいって忠告してるたけだ。幼馴染みじゃなくても、大事な相手ならそう言ってる」
「そんなの、私が優冬くんと決める。……戻ろっか」
大事な相手に浮気はできるのに、どうして放っておいてはくれないんだろう。
「その必要はないよ。場の収拾くらいは春来がやる。……そんなにめぐが大事なら、なんでさっきは隠れてたの? 出てくるの遅すぎない」
「幼馴染み」なんて。
元彼よりも元婚約者よりも、今一番聞きたくない言葉だ。
「でも、一回はお礼言わないといけないのかもね。おかげで俺は幸せだから。心配しなくても、俺はめぐを大切にする」
「お前の世界で、お前のやり方で……だろ」
含みのある言い方だ。
一体どうして、そこまで優冬くんを陥れたいんだろう。
「拘ってるのは春来でしょ。私は、春来の弟と付き合ってるつもりないよ」
手近なんて理由で、キスしたりしない。
もっとを期待したり、がっかりしたり、好きでもないのに恥ずかしくなったりしない。
「……え……」
春来だけじゃなかった。
私も、幼馴染みでも彼氏でもあった春来に見せていなかった顔はきっと一つではなかった。
「あ、そのごめん。勝手に本当に付き合ってると思ってたけど……」
そこでびっくりされてしまって、慌てて付け足したけど。
「設定でもフリでもないって言ったじゃない。付き合ってるよ。じゃなきゃ、あんなことしない。そうじゃなくて……クズの弟利用しなよとも言ったよね。今はそれでもよかったのに……馬鹿だな」
(……あ。ちゃんと笑ってる、かも)
優冬くんこそ、ほんのちょっとくらい私で優越感に浸ってもいい。
余計なお世話かもしれないけど、春来に対してコンプレックスがあるなら、なくすきっかけになれたらいいな。
「帰ろ。おうちデート……じゃなかった。俺の部屋デート、だったね」
春来の方はもう一切見ずに、手を引かれて確信する。
さっきのことも含め、最近起きた特殊な出来事はもう忘れられる。
――私はただ、優冬くんと付き合ってるんだ。