引きこもり婚始まりました









出掛けようって言ってくれたのは、何から何まで、あらゆる意味において私の為だって知ってる。


「めちゃくちゃ注目浴びてたね。だから、車で待っててって言ったのに。まあ、車内でお姫様一人にするのは、それはそれで心配だけど」

「でも、庶民派デートの開催だもん。ここは、私が王子様をエスコートするべきだよ」

「俺だって、コンビニくらい行くから。この格好じゃなければ」


そう笑いながら部屋の鍵を開けて、さりげなく私を先に部屋に入れてくれようとするのは、ごく自然なのにドキドキするジェントルさだ。
けしてあからさまではないのに、後ろから大事にしてくれる気配が伝わってきて背中が熱い。
一緒に行くと譲らない私に着せた、優冬くんのジャケットに残る香水が急に立ち上ってきたみたいに。


「どうぞ」

「さすが、綺麗にしてる……」

「そりゃ、ね。彼女が部屋に来たいって言った時点で、片付けてますから」


優冬くんの部屋の前まで来て、彼がドアノブに触れてから回すまで、扉が開くまで――私を中に入れてくれるまで。
まるで段階を追うように、きっと私に確認してくれたんだと思う。


『本当に、部屋で二人きりになって平気? 』


そう、断るタイミングを用意してくれてた。


「で? 庶民は何するの。男の部屋に来てデートって、めぐは言うけど。男の脳内に、庶民も何もないと思うよ。お部屋デート、なんて……それにしたら随分可愛い表現だし」


でも、私はやめるどころか躊躇うことなく中に入って。
優冬くんが苦笑したのも見逃して、そんな牽制すら効果があるような可愛いさも持ってない。


「映画見たりとか……あ、そのゲーム一緒にやったりとかもしてみたい。読んでた本とかも、よかったら借りてみたいし……って、全部私のしたいことだ……っ」

「……だね。俺の頭の中とは、ちょっと違うかも」


後ろから抱きしめられたのを勘違いする間もなく言われて、咄嗟に謝ろうとしたのを更に遮られた。


「でも、そういうものなんだろうね。はしゃいでる彼女を見て、必死でやましい気持ち押し殺して、どうイチャついたらセーフかなってぐるぐる悩むの。……この歳だとダサイけど、それも含め楽しい……かな」


ウエストに回された腕は緩いのに、ドキドキして身動きできない――ううん。


「それに、俺が暴走しないように、めぐのプランでデートしてるんだもんね。いいよ、とりあえずそれやってみよ。で、その後のことはそれから」


――動かないから、もっとこの隙間を埋めてほしくなってしまう。


「……あんまり頑張りすぎて、俺をおかしくさせないでね」


意味深に耳元で囁かれたのは、せめてもの仕返しだったりして。


(……優冬くんこそ、話が逆転してる)


この意図的な「色気のないデート」は、少しでも優冬くんの罪悪感が減ればいいなと思って開催されているのだ。
私自身は、優冬くんに「おかしくならないで」とも、「強引に押さないで」とも言ってない。
もちろん、ふざけ合ったり、冷静に考えれば特に面白くもないことで笑ったりするデートだって、きっと楽しい。
優冬くんとそんな時間も経験したいけど、でも――……。


「適当に座って。いいよ、どこでも」


チラリとわざとらしい視線の先にあるベッドに、ムッとして座る。
笑って嘘っぽく頬にキスされて、確信しかない。

――焦れるようなデートにしたのは、私がその先を期待してるからだ。







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