引きこもり婚始まりました
でも、軽く口づけられただけで、それも悪くないと思ってしまう。
意地悪と言っても、激甘の延長線上にあるものだ――意地悪の度合いが最中はなかなかだったとしても。
「で? 聞いてもいい? 感想」
まさか、面と向かって感想を求められるとは思わなかった。
答えは明確なのに何と言っていいか分からず、口を開けたまま。
「……優冬くんって、すごいんだね……」
彼の胸にくっついてから、ようやく振り絞って出たのは本当ではあるけど、ロマンチックとは程遠いものだった。
「何それ。褒め言葉と思っていいの? ありがと。でも別に、すごい経験があるとかスキルがある方でもないと思うけど」
「……う、嘘だ」
経験なくて、あんなふうになるだろうか。
少なくとも、私は着いていけた自信はない。
「ほんと。相性がいいとか、そんな軽くて自分勝手なこと言うつもりないし……強いて言うなら、すごくすごく……好きだからだよ」
ぷっと吹き出して、しばらく大ウケしてたのに。
真剣に、少しは冷めたはずの熱の籠もった瞳で幾度となく告白してくれる。
「気持ちをちゃんと伝えたい。誤解されたくない。もっと好かれたい。……好きになってほしい。そう思ったら、ああなった。まあ、率直に言って、気持ちよくなってほしいってのもあるけどね。でも……」
――でも、それも好き由来だ。
「……うん。ありがと……」
現段階では確かに、愛情の深さも年月も優冬くんの方が深く長い。
優冬くんが見てきたものを思うと、「そんなことないよ」なんて軽々しく言えない。
(私も大切にしたい。優冬くんのことも、この信じられないような状況も)
「ともかく、合格ってことかな」
「そ、そんな」
合否を決められる立場じゃないし、それだけの関係でもない。
大体、私だって合格できるようなスキルは持ち合わせてないし。
「よかった。だって、めぐは……めぐこそ、想像以上だったし」
「……そ、それこそ愛情ゆえだと思う」
ただただ、優冬くんに翻弄されてた記憶しかない。
自分がおかしくなっていく羞恥と不安でいっぱいになるのに、いつもより低く掠れた「好きだよ」にゾクゾクして――……。
「……なに。思い出してくれてるの? 」
(……これ、事後かな……)
――その声に、記憶も身体も引き戻されそう。
「嬉しいけど、そんなに真っ赤になられたら、期待してついうっかり聞いちゃうかも」
ひどいけど当然の疑問。
優冬くんには、そう尋ねる権利はあると思ってる。
問題なのは、問いそのものじゃない。
「ちゃんと兄さんと比べた? ……どうだったの」
優冬くんの方がよかった。
そんなこと言う権利がないのは、私の方だ。
「答えるには、まだ足りない? そうだよね。これだけじゃ、判断できないよね。……いいんだよ、それで」
優冬くんこそ今は答えを求めていないのか、最初から私の返事を待つつもりはなかったみたいに遮ってくれた。
「ゆっくりでいい。ゆっくり、知っていって。俺がどんなにめぐを好きか。大事なのか。……他を必要としてないのか」
それはもう、全部伝わってる。
優冬くんと春来は違う。
春来といた時はそれが当たり前で気づかなかったけど、身体だけのことじゃなく、優冬くんの何気ない動作に大事にされていると感じられる。
この言い方は、最低かもしれない。
春来だって思うことはあるだろうし、けして適当に扱われていたとは思わないけど。
それが想いの差だと言われたら、それはきっとその通りなんだと思う。
「……ごめん。私、もう判断できてるみたい。早すぎるね」
――つまり、とっくに比べてた。
「……俺の方がよかったよね? 」
私の頬を捕まえて、固定して。
逃げられなくしておきながら、自分が悪者になろうとする。
「……うん。……好き……」
でも、そうはさせない。
浮気のことはそれとして、私も自分の気持ちには自分で責任を取りたい。
「俺は裏切らないから。信じなくてもいい。……でも、悩んだり不安になってほしくない。いつでも、何でも言ってね」
優冬くんは、絶対にそんなことしない。
信じてるし分かってるけど、男の幼馴染みという存在に触れるのはまだ少し怖い。
「ほら、そろそろ寝た方がいいよ。じゃないと俺、回復しちゃうから」
「……っ、き、今日はもうキャパオーバーです」
「めぐは、でしょ。俺は違うから」
台詞のわりに色気が減ったのは、間違いなくわざと。
その優しさに泣きそうになって、優冬くんの胸で目を閉じる。
「うん、いい子。……大丈夫だから」
「おやすみ」じゃなかったのを、不思議だとは思わない。彼は、何かも察してくれてるんだ。
髪を梳かれるたび、時折ふわりとキスが落とされるたび――眠気が襲い始めたのを見て、「愛してる」を混ぜられるたびに。
ドキドキが恋愛感情によるものだけになってきて、安心して意識を手離した。
(……優冬くん……)
その頃にはあまりに強烈な睡魔がやってきて、もう囁く声は拾えない。
でもきっと、それも愛の言葉だった気がする。