引きこもり婚始まりました






席に着けば「おはよう」とこめかみにキスが落とされ、ちょうど焼けたパンと卵、コーヒーが手の届きやすいところに配置されてるって、どんな夢のような朝。


「ん、なに? あ、たまには和食がよかった? じゃ、明日は……」

「ち、違う。贅沢すぎるなと思って」


それなのに、立ったままでいる優冬くんの袖を摘んだものだから、そんな勘違いを本気でさせてしまって慌てて否定する。
そう、毎朝あまりに贅沢すぎる。
何度目か分からないくらい繰り返される、軽いおはようのキスも含めて、全部朝からちょっとヘビーな愛だ。


「そうかな。でも、めぐも俺に可愛いお弁当作ってくれたじゃない? お互い様なんだから、二人で贅沢享受したらいいよ」

「……お弁当の形容詞おかしい」


どうせ自分の分も作るからと、もちろん優冬くんにもあげるのは構わない。
ただ、お弁当と呼ぶには不格好で彩りもなくて、彼氏用にはしたくないと騒ぐ乙女心を、優冬くんは甘い笑顔ひとつで黙らせてしまった。


「おかしくないよ。茶色いとことか可愛いし、美味しいし、作ってるとこも可愛いで合ってる」

「優冬くんの可愛いの定義が広すぎるんだよ……」


何しても褒めてくれる激甘彼氏は、可愛いの判断基準が低すぎる――……。


「そうかな。寧ろ、ものすごく限定的だと思うけど」

「え」


「どこが? 」って聞く前に、その視線で返事を想像して赤くなってしまう私は恥ずかしいやつだ。
言われてもないのに、私だけだと勝手に解釈して真っ赤になるなんて。
何と返していいか分からず、コーヒーに集中してると優冬くんのスマホがテーブルの上で震えた。


「……大丈夫……? 」


表情が曇ったように見えて、迷ったけど声を掛けた。


「うん。春来じゃなくて、親から。昨日、父さんがめぐに会うつもりだったんだって」

「……っ、そ、そうだよね。ごめん……」


おじさんとは、あれ以来会ってない。
あんな展開予想できなかったにしても、こっちから挨拶するべきだった。


「めぐが謝ることないよ。逆に、むこうがめぐを引き留めたい一心だと思うし。また今度って言ってるんだけど、しつこくて」

「私なら、いつでも大丈夫だから。優冬くんの空いてる時に……」


私なら、もう吹っ切れた。
昨日の出来事――いや、ずっと欺かれていただけじゃなく、幼馴染みで恋人で婚約者でありながら「一番」にすらなれなかったのだという真実を知ってから、今となってはいい意味で無感情だ。
きっと、もう泣くこともないと思う。


『……怖かったね……』


夢はどんどん記憶から薄れていくのに、その声だけは生々しく耳に残ってる。


(だから、夢だってば……! )


だから、その表現は間違ってる。
実際には、何も聞いていないのだから。


「そうじゃないよ。面倒ではあるけど、めぐを紹介したくないとかあり得ないから。そうじゃなくて……そこより、先に説明しておかなきゃいけないところがあると思って」

「どこ……? 」


恐らく、あの提案はおばさんの独断。
反対はされないだろうけど、おじさんへの挨拶は早々に済ませ方がいい気がするのに。
それよりも優先度が高いって、誰だろう――……。


「めぐのご両親。付き合うのも結婚するのも、親の承認は不要だとは思うけど。でも、めぐが本当に何の心配もなく幸せになる為には、必要だと思うから。……もう少し、待っててね」


(……あ……)



『謝罪に行った時、いなかったって』


言葉どおり、実家に説明に行ったのは春来とおばさんだけだと思ってた。
実際、春来が訪ねたのはその一度だったんだろう。
でもきっと、優冬くんはその後も来てくれたんだろうな。

必要もない、許可を得る為に。








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